岩松 暉著『山のぬくもり』30


大学生の幼児化現象

 追い出しコンパがあった。まず日取りでもめた。卒論修論発表会の翌日やるという。従来は、書き直しを命じられるかとビクビク待機しているのが常だった。卒論は図書室に永久保存される。恥を永久にさらすのは本人に気の毒なので、なるべく完全にして提出させるよう、しばしば書き直しが命じられたのである。書き直しを命じられなくても、発表会での指摘を受けて、自主的に手直しするのが普通だった。その余裕を見て、発表会は判定会議のかなり前に設定されていた。ところが今年は、卒業旅行の都合上すぐ追い出しコンパをして欲しいとの卒業予定者の要望で、発表会の翌日になったという。形だけ提出すれば自動的に卒業できるものと思っているらしい。だからこそキャンセルの効かないスーパー早割の切符を手配したのだろう。卒論も卒業旅行も、さらには羽織袴の卒業式も、みんな同格のファッションで、4年生後半の恒例行事の一つに過ぎないのだ。
 コンパ当日、例年はスピーチが聞こえるよう部屋を借り切るのに、今年は大部屋で他の酔客と一緒である。そこで、「イッキ、イッキ」と大騒ぎを始めた。教養部のコンパならいざ知らす、1ヶ月後には社会人になろうという人たちの姿とはとても思えない。他のお客が露骨にいやな顔をする。向こうもアルコールが回ってきたら乱闘騒ぎになりかねない。やむなく他人の迷惑になるようなことは止めろと注意した。
 さて翌日、出勤してみると注意をした先生の研究室のドアガラスが割られていた。破片が部屋の中程より奥まで飛び散っているところをみると、よろけてぶつかったのではなく、力一杯たたき割ったのだ。わが学部始まって以来の椿事である。ついに大学も荒れる中学校と同じレベルに成り下がった。
 こんなことが公になったら当然卒業延期である。社会人として相応しくない人物を世に送り出すわけにはいかないからである。しかし、そんな理由で卒業延期になったら、もう業界ではどの会社も採ってくれない。他の道で飯が食えるほど実力がある訳でなし、フーテンしか残されていない。そこで、学科長の判断により、人目に付かないよう、超特急で修理させることになった。時既に遅し、廊下を通りかかった学部長に見つかってしまったのである。教育機関としてゆゆしき事態という学部長を、何とか説得して教務委員会に持ち出すのを抑えてもらった。当然、本人はそんな騒ぎは知らずノーテンキでいることだろう。はてさて、こうした措置が長い目で見て本人のためになればよいのだが。
 いずれにせよ教員層に深刻なショックを与える事件だった。かくいう私も大学で教員を続ける気持ちが失せてしまった。そろそろ大学からおさらばしよう。教員免許も持っていないことだし、中学校教諭を続ける資格はないから。

(1997.2.23 稿)


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更新日:1997年8月19日