岩松 暉著『山のぬくもり』29


共生と共死

 鹿大理学部生物学科環境生物学講座柿沼好子先生の最終講義があった。「クラゲから垣間見た世界」というタイトルである。息をのむような美しいスライドが次から次へ出てきて感動したが、クラゲの体制・生態どれをとってもあまりに合目的的にうまくできていて、生命の神秘に打たれた。まさに神の御わざである。とくに「共生とは共死である」とのお話は印象に強く残った。異種の生物が互いに依存しあい助け合って生活している。どちらかにとって不利は状態は、即、相手にとっても好ましくない。共倒れを意味する。同種の縄張り争いにしても、結果としてフィフティー・フィフティーで、互いにところを得ておさまる。「相手を徹底的に打倒するまでとことんやるのは人間だけです」と付け加えられた。「垣間見たクラゲの世界」ではなく、「クラゲから垣間見た世界」とタイトルを付けられた意味がここにある。生物界は人間にとってのお手本なのではなかろうか。階級闘争の理論は生物の生存競争からヒントを得たものらしいが、当時の生物の理解が皮相的だったのだろう。20世紀は資本主義と社会主義が他の打倒を目指してしのぎを削ったが、食うか食われるか、正か邪か、ゼロか1かといった発想は克服されるべきだ。ゼロ・1の典型であるノイマン型コンピュータも時代遅れとなり、今やニューロコンピュータ・ファジーコンピュータさらにはカオスコンピュータなどが出現し、複雑系の科学が台頭しつつある。何のことはない、生物界を模写模倣するのが最先端と言われる時代になってきたのだ。政治の世界でも、21世紀は多様な価値観を認め合い、思想・信条・宗教・人種の違いを乗り越えて平和共存していく、多元主義の時代になるであろう。生物界に見習って。

(1997.2.11 稿)


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更新日:1997年8月19日