岩松 暉著『山のぬくもり』28


ジャーゴン

 今は卒論提出時期、原稿を見て欲しいと言ってくる。今の学生は論理的な文章を書くのが苦手である。それどころかまともな日本語になっていないものも多い。中には、日常会話の用語をそのまま使う人すらいる。とくに専門語の省略形はいただけない。礫岩をコングロ(conglomerate)、同斜構造(homoclinal structure)をモノクリ(monoclinal structureなる和製英語)と書いたりする手合いである。確かに地質屋同士の会話ではこのような隠語が使われる。しかし、これをそのまま文章にするのは言語道断である。普通の読者に理解せよと押しつけるのは不遜であろう。
 そもそも仲間内だけで通用するような言葉、ジャーゴンを使っている閉鎖社会は世間では受け入れられない。サティアンやポアなど特殊用語を用いて仲間意識をもり立てていたオウムがその良い例である。第一、世間では通用しないジャーゴンを使っているうちに、知らず知らず一般の人とセンスがずれていってしまう。ジャーゴンはそのずれを示すバロメーターと言ってよい。どうもジャーゴンの数が多い分野ほど落ち目の分野であるように思える。
 しかし考えてみると、われわれの身の回りにも、定削(定員削減)・臨増(臨時増募)・マル合(博士課程教員資格合格教員)・科目等履修生(聴講生のこと)などの大学用語や中執(中央執行委員会)のような労働組合用語などいろいろ氾濫している。さらには改組に伴い奇抜な学科名や講座名が続々と登場してきた。造語だから英訳不能な場合も多い。外国人だけでなく、日本人とくに受験生がわかると思っているのだろうか。象牙の塔と言われる所以である。その他、三位一体とか二本足など数字を使って、所属している組織内でしか何を意味しているかわからない言葉を使うところもある。心したいものである。

(1997.2.9 稿)


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更新日:1997年8月19日