岩松 暉著『山のぬくもり』19


すずめのアパート

 わが家は中学校の正門前にある。正門横は垂直な切り土で、コンクリート壁になっている。その壁には1m間隔ぐらいに直径数cmの水抜き孔が開けてある。大雨が降っても水が出てきたためしはない。詰まっているらしい。これではがけ崩れ対策の役に立っていない。手抜き工事かと思ったが、どうもそうではないらしい。
 犯人はすずめである。どの孔にもすずめの家族が住んでいて、さながらすずめのアパートの観がある。朝などはそれはそれはにぎやかである。垂直な壁で蛇のような天敵がやって来れない別天地だから、高級マンションかも知れない。彼らが巣の材料に枯れ草やシュロなどを持ち込んできたため、孔が詰まったというのが真相らしい。彼らにはかわいそうだが、そのためにがけ崩れで通学中の生徒さんが死んでは大変だ。市役所に通学路の防災点検を申し入れたが、例によってお役所仕事、なかなかやってくれない。しばらくはほほえましいすずめの生態観察を楽しめる。
 羽ばたいてきて木の枝に留まるのは簡単だが、どうやってあの孔まで飛んでくるのだろうか。直前に羽をつぼめて弾丸のように突入するのだろうか。きつつきと同じ要領で、まず孔の縁に留まって、それからもぐり込むのである。雛が出口まで来てエサをねだるときには、留まる場所がない。短時間ならヘリコプターのようにホバーリングして空中に静止できるようである。近所付き合いか浮気か、隣の孔も訪ねることがある。留守でもない限り追い返される。してみると、巣の材料を失敬する空き巣狙いか。こんなことを考えながら眺めていると、いくら見ていても見飽きない。
 近頃は、みんなあくせく忙しい忙しいと走り回り、ぼーっとしているこうした貴重な時間を失っている。子供たちですら塾通いなどで忙しい。私が子供の頃は、薪で風呂を焚くのが日課だった。炎のゆらめきをじっと眺めていると、幻想的な気分になれて結構楽しい。お手伝いをさせられているという意識はなかった。ファーブルではないが、蟻の行列や蟻地獄を飽かず眺めていたこともある。小学校では「ゆとりの時間」なるものができたそうだが、それをいかに有意義に使うか、またぎっちりとカリキュラムが組まれているのだろう。大人が干渉しないのが一番よいと思うのだが。

(1997.1.15 稿)


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更新日:1997年8月19日