岩松 暉著『山のぬくもり』7


タイタニック号

 現在の日本はしばしばタイタニック号に喩えられる。氷山と衝突して沈んだ有名な豪華客船である。船員は操縦を忘れキャビンで鳩首会談、船客の紳士淑女はダンスに興じていた。巨額の財政赤字を抱えて破産寸前なのに、政治家も官僚も己が目先の利益を追い、飽食日本の国民はグルメを堪能し美酒に酔いしれている。誰が言い出したのか、誠に言い得て妙である。
 翻ってわが地質学界・業界を見てみると、まさにタイタニック号である。産業は資源・エネルギーなくして成り立たない。地質学はその担い手として活躍してきた。オリンピックよりも古い歴史を持つ国際地質学会議では、どこの国で開かれても国家元首級の要人が名誉会長を勤める習わしがある。わが国の国立研究所の第1号は地質調査所である。それだけ重んじられてきたのだ。花形の学問分野であった。私が学生の頃ぐらいまでは、地質学科卒業生は財閥系の基幹会社に就職できて給料はよその2倍と言われたものである。しかし、産業構造は重厚長大型からソフト型に転換し始め、資源産業も衰退した。公害をまき散らして遮二無二高度成長してきた時代から環境重視の安定成長へと、時代も変わりつつある。
 こうした時、地質学の学問体系は旧態依然のままである。それどころか、金属鉱山や石炭・石油と直接結びついた鉱床学など実学を切り捨てた分、ますます浮き世離れした趣味の世界・虚学へとのめり込んで行くように見える。私は今から7〜8年前、このままでは大変なことになると警鐘を鳴らしたが、誰も真剣に受け止めてはくれなかった。業界にも「文部省は産業界には弱いから、ぜひ働きかけて欲しい」とお願いした。しかし、当時はバブルの真っ最中、猫の手も借りたいほど儲かっていた。「どんな学生でも何人でもよい。猫でいいからくれ」とリクルートに回っていた時代だから、私の言など杞憂と思われたのであろう。結局、有効な手を打たないまま今日に至った。その間に、旧制大学はすべて地球惑星科学科に改組され、新制大学の半数からは地学科がなくなってしまった。
 もう氷山に衝突してしまったと言ってよい。大至急氷山から離脱し、沈没を回避しなければならない。鳩首協議をしている時間はないのである。操縦士たち、学界や業界のリーダーたちの責任は重い。

(1996.12.31 稿)


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更新日:1997年8月19日