岩松 暉著『二度わらし』21


天蒼蒼

 モンゴル古謡「勅勒歌」に「天は蒼蒼 野は茫茫 風吹き草低く牛羊を見る」との一節がある。まさにゴビの情景を活写している。モンゴリアンブルーの空はあくまでも広く、草原は地平の彼方まで続く。モンゴル人のスケールもまた大きい。13世紀のモンゴル帝国では、信教に対してきわめて寛容だったという。異教徒を邪教として厳しく弾圧したのでは、激しい抵抗があったに違いない。武力だけで屈服させたのではなく、大きく包み込んでいったからこそ、ユーラシアにまたがるあのように広大な版図を治めることが出来たのだろう。また、オゴタイ・ハーンは寡欲なことでも知られている。この気前のよさは今に引き継がれている。今回のモンゴル旅行ではゴビの遊牧民のところでお世話になったが、貴重な水や焚き木を惜しげもなく使って歓待したくれた。
 首都ウランバートルは「赤い英雄」という意味である。社会主義崩壊後もそのまま使っているところはモンゴルらしい。チョイバルサンやスフバートルといった人民革命党創立者の名前がついた都市もそのまま残っている。レニングラードを元のサントペテルスブルグに改称したロシアとは違っていかにも大らかである。己のみ良しとし他を排斥するマルクスレーニン主義は、本来モンゴル人には似つかわしくなかったのではないだろうか。そういえば、入国カードもモンゴル人民共和国と印刷されたものを未だに使っていた。昭和から平成になったとき、あらゆる公文書を刷り直したどこかの国とは大違いである。
 翻って20世紀の世界情勢を見るに、あまりに他に対して不寛容だった。東西対立、南北対立しかり。共に天を戴かずと、他の打倒目指して戦った。冷戦が終結しても、まだ原理主義が残存している。生物の世界を弱肉強食の生存競争の世界と皮相的に理解して人間社会に適用した考え方が間違っていたのである。動物も植物もテリトリを巡って争うが、結局フィフティー・フィフティーのところで共存する。21世紀は共生の時代なのである。モンゴルの人々のように、共に助け合いながら自然と調和して暮らしていくのが、これからの生き方なのだろう。
 

(1998.8.9 稿)


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更新日:1998年8月9日