岩松 暉著『二度わらし』22


キョル・テギン碑

 大阪の国立民族博物館で大モンゴル展を見た。入口正面に大きな石碑のレプリカがデンと据えられていた。突厥の王弟キョル・テギンの墓碑である(写真は民博リーフレットより)。解説によれば、「贅沢な衣食にまどわされずに遊牧の暮らしを守れ」との遺言が刻まれているという。
 しかし、現在のモンゴルでは、都市にあこがれた若者がぞくぞく首都ウランバートルに集まり、馬を捨てバイクを乗り回している。ウランバートルでは、火力発電所ができて暖房・給湯も各家庭に行き渡り、テレビも見られる。文化施設や医療施設もよい。草原のゲルにはないものばかりだ。無理もない。こうした光景はわが国の1950年代にそっくり、集団就職の列車が東京へ東京へと金の卵を運んでいた。いわゆる「東京もの」の流行歌が夢を掻き立てた。
 やがて金の卵は企業戦士に成長、24時間戦えますかと、栄養ドリンクを飲みながらがむしゃらに働いた。その結果、世界一の経済大国、さらには世界一の長寿国となり、飽食の時代とも言われるようになった。確かに物質的には恵まれているが、受験戦争は子供の心を蝕み、少年の凶悪犯罪が跡を絶たない。企業戦士の過労死もまた多い。金の卵の故郷は過疎で荒れ果て、山紫水明の国はコンクリートジャングルと化した。真の豊かさとは何か、自問しているのが現在のわが国の姿であろう。われわれもキョル・テギンの遺訓に学ぶ必要があるのではないだろうか。モンゴルも日本の轍を踏むことのないよう切に願う。

(1998.8.30 稿)


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更新日:1998年8月31日