岩松 暉著『二度わらし』16


地質職

 学術会議地質研連の会議で、公務員T種試験地質職廃止の動きがあると地質調査所所長から発言があった。T種試験とは昔の上級職試験のことで、いわゆるキャリア官僚の登竜門となる試験である。最近、その地質職試験は大学院卒しか合格しなくなった。ところが合格者は地質調査所志望ばかりで、建設省や農水省など他の省庁には行きたがらない。そこで、他省庁から地質職廃止の声が上がっているという。定員削減のご時世にやっと確保した地質職のポストである。必死になって勧誘するのだろうが、誰も来てくれないとなると、穴が開いてしまい、事務当局に説明がつかない。第一、頭を下げてお願いしているのに、袖にされたのではプライドが傷つけられる。廃止論が起きて当然だろう。
 地質調査所は地質屋が主流だが、他省庁では土木屋の天下で地質屋は偉くなれないからとの理由もあるだろう。しかし、地質調査所OBはせいぜい大学教授か会社の顧問程度にしかなれないが、建設省の地質官なら天下りできて重役や社長にもなれる。出世を考えるのなら、地質調査所のような通産省の外局である工業技術院のそのまた下に位置付けられる地質調査所よりも、他省庁の本省に行ったほうが、権力をふるえる。どうもこれらの理由は当たっていないように見える。
 本質的には大学の教育に問題がある。大学院まで行くといっぱしの研究者になったつもりでいる。しかも大学院での研究は泥臭いフィールドワークではなく、化学分析やコンピュータシュミレーションのような小奇麗な室内研究が多い。現にわが大学でも今春の修論発表会では、地質図が出てきたのは留学生1人だけで、それも他人の広域地質略図の借用だった。最近の地質調査所は歩ける人が少なくなったとの専らのうわさである。昔の図幅作りというイメージから、格好のよい研究所へ変身した。それに反し、他省庁ではダムの現場など奥地への出張がかなり多い。これでは泥臭いことの嫌いな大学院卒が地質調査所に流れて当たり前である。
 しかし、土木関係の役所が地質職不要論を言い出すようだと、いずれ理学部地質学科不要論へつながっていくだろう。地質が実社会で必要なことは変わりないから、趣味の世界に堕した理学部は見捨てて、工学部に地盤工学科でも作って、そこで地質屋を養成しようという話が早晩出てくるに違いない。役所どころか、全地連(全国地質調査業協会連合会)にもそう主張する人がいるくらいだから。

(1998.7.5 稿)


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更新日:1998年7月5日