新井 満著『千の風になって』に寄せて

岩松 暉(GUPI Newsletter No. 42, p.4, 2006


 私のお墓の前で泣かないでください
 そこに私はいません
 眠ってなんかいません
 千の風に 千の風になって
 あの大きな空を 吹きわたっています
   この歌は、9.11の追悼セレモニーで朗読されて有名になった作者不詳(Mary Frye作詞説もあり)の英語詩”A Thousand Winds”を芥川賞作家新井満氏が訳詞作曲した「千の風になって」の一節です。写真集やCDなど既にずっと前から発売されていますから、ご存知の方も多いかと思います。
 私たちの会長大矢さんを亡くした後だったので、この歌を思い出しました。しかし、正確には思い出せません。そこでこの秋に出版されたばかりの、ちひろの絵がついたバージョンを買ってきました。この詩以上に、あとがきに代えて書かれた、「青空に浮かんだ一つの赤い風船」という文章が胸を打ちました。著者2歳の時、早世した父親の思い出です。
 大きな赤い風船を持った著者の記念写真、シャッターを切った父親の「もういいよ」の一声、つられて思わずひもを放すと大空に消える赤い風船、初めての喪失感。これが著者の最古の記憶だそうです。しかし、それから2ヶ月後、父親は医療事故で急死します。一層大きな喪失感。大黒柱を失い、一家は貧窮に喘ぎます。喪失感は早世した父への恨みに変わりました。長じて作家になり、禅の老師と対談することになります。老師曰く「お父さんは早死にすることによって、その分のいのちを息子のあなたに託したのかも知れませんよ」「お父さんは断腸の思いであの世に逝き、天上の星になったのではありませんか。すくすく丈夫に育つよう、いつも天上からあなたのことを見守ってくれたのではありませんか」と。「千の風になって」にも「夜は星になってあなたを見守る」とあります。  生者は死者のこの祈りと励ましに応えなければなりません。余命をいただいたあの人の分まで生きなければならないのです。自分に与えられたいのちの炎を燃やし、あの人の託した役割を果たすのが生者の務めです。急逝した父親が大矢さんで、残されたおさなごがまさに当年2歳のGUPIに当たります。GUPIも大矢さんのいのちの分も受け継ぎ、前向きに活発な活動を展開しなければと改めて感じました。 (岩松 暉)
文 新井 満・絵 いわさきちひろ『千の風になって ちひろの空』講談社,62pp. \1,000,2006年9月刊
<注> 南風 椎訳『あとに残された人へ―1000の風』のほうが原詩に忠実です。
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更新日:2007年12月7日