青年には夢を,子どもらには自然を

特定非営利活動法人地質情報整備・活用機構会長 岩松 暉(『地質と調査』No.113, p.1, 2007)


 本特集は「技術の伝承」だという。団塊の世代大量退職を控え,地質調査技術の伝承が急務になったからであろう。しかし,OJTを再開すればよいといった簡単な問題ではない。もっと根深い深刻な問題である。
 バブル崩壊以来,どこの会社も公共事業縮減に伴う新規採用の手控えが長期間行われてきたため,若手社員の少ないいびつな社員構成になっている。つまり,継承させようにも対象者がいないのである。それでは,近年は“好景気”だというから,新卒を大量採用すればよいのであろうか。これまたそれほど単純ではない。このままでは「歩ける地質屋がいなくなる」と私があちこちで警鐘を鳴らしたのは十数年前のことである。その時の学生が大学教員として残っていれば,今や准教授か助教である。つまり,地質調査法などを直接学生に教えている若手教員自身が既にフィールド離れしているのだ。自称フィールドジオロジストでも,実際はサンプリングのために野外に出かけるだけで,地質図はサンプリング位置図のような位置づけに過ぎない。分析機器やパソコンを多用して論文を量産する傾向が強いのである。実際,産総研の地質文献データベースGEOLISに新規収録される論文数は増えているが,その中で地質図付きの論文は2%に満たないという。これでは,野外調査法の神髄を学生に教えることなどとても出来ない。
 一方,最近は3Kなどという言葉が聞かれなくなったから,学生たちは3Kを受け入れるようになったのだろうか。もちろん,否である。某大手石油会社の新入社員教育で,現地で真っ先に北はどちらの方角か聞いたところ,誰一人としてわからなかったという。近頃の新入社員は太陽を見ることも自分の影を見ることも思いつかないと,担当者が嘆いていた。今はアメリカ的訴訟社会,学校に理不尽な要求をする親が多いと話題になっているが,大学でも同様,野外実習に連れて行って事故が起きたら訴えられるとして,極力避ける傾向にあると聞く。夜更かし朝寝坊朝食抜きが多いから,体力が落ちているため,熱中症などの事故が起きやすいのだという。
 さて,こう並べ立てると打つ手がないようにも見える。確かに即効薬はない。しかし,エジプト・ギリシアの昔から,「近頃の若い者は」と大人たちに嘆かれてきたのである。その若者たちが文明を発展させてきたのだ。若者の特質はいつの時代も変わらない。進取の気性と正義感である。その特質を発揮させる触媒が「夢」であり「生き甲斐」である。私が地質に進学したのも,教養学部時代の巡検で鉱山に行った際,先輩たちが「山を駆け野を巡り/地の幸を尋ね行く/喜びを君と語らん」と高らかに歌い,戦後復興の旗手と胸を張っていたからである。確かに地質学は産業の米である資源とエネルギーを握っている基幹学問だと納得した。また,資源系会社の給料も他に比して高かった。同時に,その頃はホンダにしてもソニーにしても創業技術者がトップの座を占め,技術者は尊敬されていた。しかるに今は経済のソフト化と称してマネーゲームに狂奔する事務屋さん,しかも二世三世がトップの座を占め,技術者の社会的地位は低く,収入も低い。地質調査に行けば,乱開発の先兵としてむしろ旗で迎えられるのでは,学生に嫌われて当然であろう。目が官庁ばかり向き,国民を視野に入れてこなかったツケである。これからは納税者である地元住民から歓迎される方向に地質調査業の内容も変わっていかなければならない。そのための知恵が求められている。若者の正義感を満足させるロマンが必要なのである。従来,就職とは無縁と言われてきた大学生物学科に志望が殺到するようになったのも,環境を守るというイメージが定着したこと,バイオテクノロジーが農業,医療などの面で技術的進歩と経済的メリットを生み出したことなど,環境産業が育ってきたからである。同時に旧来技術の「伝承」だけでなく,若者が夢を託せるような抜本的な新技術の開発も不可欠であろう。
 一方,迂遠なようだが,子供たちを自然の中で育てることも自然好き地学好きを育むことにつながる重要な課題である。今は三大都市圏に人口の半数が住み,1億総都会人といってよい。少年犯罪が増え,眉をひそめるような事件が続発するのも,ここに根源があるのではないだろうか。ヒトは誕生してたかだか数百万年,頭も身体もまだ森の環境に適合しているのである。とくに日本人は自然に安らぎを見いだしてきた。自然とは不便な忌むべき田舎,というのではどこか感性が狂っている。私が地質百選やジオパークを作る運動に熱心なのも,子どもらを自然の中で育てて,美しい日本人をつくり,地学の後継者養成につながればと思っているからである。

ページ先頭|退官後雑文もくじ
連絡先:iwamatsu@sci.kagoshima-u.ac.jp
更新日:2007年10月1日