岩松 暉著『地質屋のひとりごと』

山を見る・山と語る 4


地質の見方

1) 視れども見えず→地学の学習

 通勤時に毎日見ている道路の切割も,地学の知識がなければ,何の変哲もないただの崖にすぎない。「視れども見えず」とはこのこと,実は太古の地球の歴史が秘められているのだ。物言わぬ石に語らせるのが『地学』である。まず石の言葉を勉強しよう。

2) 色メガネで自然を見ない→自然に学ぶ

 逆に,知識に囚われすぎて,自然を色メガネで見ても困る。耳をすまして石の語るところを聞く姿勢が重要である。従来の理論にない大発見もそこから生まれる。曇のない眼で虚心坦懐に自然を観察しよう。

3) 頭とハンマーで→理論と実践の統一

 地図の鉱山の印は,ハンマーを2本組み合わせたもの。これは万国地質学会のマークに由来する。本来のマークには,周りに“Mente et Malleo”(頭とハンマーで) と書かれてある。「理論と実践の統一」という意味である。ハンマーを持って大いに野山を歩き回り,自然の成り立ちについて大いに考えよう。

4) 場所を選ぶ→巡検案内書の活用

 地質を見るには,何よりも岩石や地層が露出しているところ(露頭という)に行かなければならない。地形図を読んで,露頭のありそうな場所を見つける必要がある(資料参照)。動植物観察のついでならともかく,できれば面白い地学現象の見られるところがよい。最近は各種のフィールドガイドブックが出版されているから,活用しよう。鹿児島県関係は,下記のものだけ。
  『かごしま 茶の間の地球科学』,鹿児島県教育地質調査団編,南郷出版刊

5) 百姓と地質屋はお天道様と道連れ→早寝早起きの励行

 地質調査は,夜,懐中電燈でやるわけにはいかない。働き者にも怠け者にも, 日は平等に暮れる。少しでも早く現地に着こう。秋はとくに日が短い。暗くなってからの山歩きは危険。少し早めに帰途につこう。

6) Be a true gentleman ! →調査のマナーを守ろう

 地質調査には地質調査のエチケットがある。不必要な破壊を行わない(後述)畑を踏み荒らさない,道路に岩石の破片を散らかさない(車がパンクする),海水浴場では露頭をたたかない(裸足の人がケガをする),神社仏閣の境内など,石自体が景観の一部になっているところを破壊しない,他人の所有地には断わってから立ち入る等々,要は人に迷惑をかけないことである。また同時に,遭難したり,山火事を出したりしないよう,山登りのマナーも守ろう。

7) 四方の山辺を見渡せば→地形観察

 足元の石だけを見て歩くのが地質調査ではない。周囲の地形からも地質がいろいろ読み取れる。断層や石の割れ目(節理)に規制されてできた直線状の谷,岩石の固さを反映したケスタやメサなどの組織地形,地すべりなどの災害地形などなど… たまには上を向いて歩こう。木の実が見つかることもある。

8) 鵜の目鷹の目科学者の目→露頭観察

 露頭に着いたらすぐハンマーを振るわず,少し離れて全体を見渡す。地層が曲っていたり(褶曲),ずれていたり(断層)するかも知れない。全く時代の違う地層が不規則な浸食面を境に重なっている(不整合)かも知れない。次に近づいてなるべく全体を代表しており,かつ,風化していない新鮮なところを観察する。地層ならば,地層と水平面との交線の方向(走向)および最大傾斜角をクリノメーターで測定する。岩質は必ず調べ,岩石名を決める。必要ならばハンマーで割ってルーペで細かく観察する。地学の知識を総動員して,なるべく詳しく観察する。

9) メモ魔になろう→フィールドノートを付ける

 観察測定した事項はフィールドノート(野帳)に克明に記載しておく。記憶は当てにならないからである。まず,地形図上の露頭位置に露頭番号を記入する。ノートにも,同じ番号を書き,地名も記入する。それから観察事項を箇条書にするが,できればスケッチも添えるとよい。スケッチは絵画的な模写ではなく,地学的な現象がわかるように簡潔に描く。その他,写真を撮ったり標本を採集したら,写真番号や標本番号も記入しておく。標本にも番号を付ける。

10) 猫に小判?→標本採取

 地質が趣味の人には,えてしてコレクションマニアが多い。化石や鉱物を必要以上に採集したり,露頭をむやみと破壊しないこと。家に帰って捨てたり死蔵するくらいなら,貴重な学術標本として,後世の研究者に残しておこう。

11) あっち向いてホイ→他の露頭との関係

 親亀の上に子亀が乗り,子亀の上には孫亀が乗る。地層も順次若いものが積み重なっていく。このように,地質学は地層の重なりから歴史を読み取る。そこで,地層の三次元的な広がりや重なり方が問題となる。露頭から露頭へ移動したら,必ず両者の上下関係について考えてみよう。

12) 宝の持ち腐れにならぬよう→標本整理

 岩石・鉱物・化石などの標本を持ち帰ったら,飾っておくだけではダメ。必ず図鑑などで名前を調べよう。それでもわからなかったら,地元の科学博物館に行って教えてもらう。もっとも,鹿児島の博物館には残念ながら専門の学芸員がいない。また,大学の地学教室や高校の地学の先生にうかがうのもよい。ただし,博物館と違って,アマチュアとの応対が本務ではないから,あまり研究教育の邪魔にならないように。なお,名前が付いたらそれでおしまい,では困る。貝化石一つから,地質時代だけでなく,当時浅い海だったとか,流れが速かったとかの古環境がわかることもある。その標本の持つ地学的な意味について,図書館などで勉強してみよう。

(1986.8.1稿[昭和61年度自然観察指導員講習会資料])


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更新日:1997年8月19日