岩松 暉著『地質屋のひとりごと』

明日の地質学をめざして 13


現代就職事情 その2―学生の職業観―

 「リクルート3点セット」という言葉がある。リクルート疑獄事件のとき,竹下首相が汚職を追及された際,野党から国会に提出するよう求められた証文などの書類のことである。ところが,求人に来たあるソフト会社の人から,いきなりリクルート3点セットについて先ずお話ししますと言われて面食らった。
 リクルートのため会社訪問する学生が必ず聞く質問が三つある。そこで流行語をもじって名付けた由。@完全週休2日か,A転勤はないか,B一部上場かの三つである。不思議に仕事の内容や月給に関する質問はないと,苦笑いしておられた。
 現代学生気質が実によく表れているではないか。5月に就職に関するアンケートを取ったとき,ある学生の調書に第一志望=情報関係,第二志望=フリーアルバイターとあった。飽食の時代の若者はメシを食う心配をしたことがない。30才くらいまでは縛られたくない,郊外レストランのウェイターなどでも食えればいいという。少し勇気のあるのはふらっと外国へ出かける。第一の質問は仕事よりレジャーという彼等の価値観を示している。他の日に多少仕事がきつくなっても,休日の多いほうがよいそうである。仕事は生きがいではなく,レジャー資金を稼ぐための必要悪なのだ。第二の質問は,あるいは親たちの希望か。一人っ子・二人っ子が多くなって,親はわが子を手元に置いておきたいし,子は世間の荒波に出るのが怖いのである。第三の質問は,ブランドもののグッズを求めるのと同じ心理であろう。一流会社社員というカッコよさを友達に自慢したいのである。
 こう見てくると,地質関係の会社はまず落第。だいたい土木建設はキタナイ・キケン・キツイの3キといって評判が悪い。この頃は20人以上卒業するのに,専門を生かせる職業に就くのは数人以下,由々しき一大事である。みんなコンピュータ関係に就職するようでは,文部省あたりから地学科お取り潰しの声が出ても不思議ではない。心配して国立19大学地学教室主任会議に実態調査を依頼した。やはり最近5年間とその前5年間を比較すると,地質コンサル関係は半減し,情報関係は倍増している。もっとも,驚いたことに地質コンサル就職者は平均1割で,わが鹿大は2割とずば抜けてよいほうなのである。ヤレヤレ,喜ぶべきことか,悲しむべきことか。
 こんなに地質が不人気になった理由はいくつか考えられる。まず進学の動機,昔は山や自然が好きだといったそれなりの志望理由があったが,共通一次試験発足以来,入りたい大学より入れる大学,コンピュータが偏差値で選んでくれた第一志望なのである。したがって,昔は山岳部やワンゲル・ラグビー部など身体を動かすサークルに入る学生が多かったが,今は極端に少ない。それも基礎体力づくりを強制される“部”よりも,ゲームを楽しむ“同好会”やガールハントの“愛好会”が花盛りである。また,受験競争の激化に伴い,幼時から塾だ家庭教師だと勉強しないと国立大学には入れなくなったから,都会の進学校出身者がほとんどで,郡部出身は稀になってしまった。自然の中でどろんこになって遊んだ経験がないのである。当然フィールド調査などは苦役以外の何物でもない。
 もちろん,受入側の会社にも問題がある。地質コンサルに就職した若い先輩が母校に遊びに来たとき,後輩たちに胸を張って誇らしげに仕事を語る人は皆無に近い。出張が多いため赤ん坊に顔を忘れられ,人見知りされて泣き出されてしまった。毎日のように10時11時まで残業で,しかも残業手当がまともに出ず大部分ただ働き。他の職種に就職した同級生より月給が確実に1万円は低い。同じ安いのなら公務員みたいに威張りたい。建設省や県庁のお役人の前ではペコペコしなければならない。それも実力のある人ならまだしも,素人のくせに威張る奴がいる,などなど……。
 根本的には地質屋の社会的地位の向上をはかることが第一である。欧米ではgeologistは大変社会的地位が高い。ソ連でも「地質学者に感謝する日」というのがあると聞いたことがある。わが国でも,同じコンサルタントなのに,弁護士は社会的に尊敬され名士扱いされている。役所やゼネコンの仕様書通りに調査するだけでなく,欧米のgeologistのように土木工事全体に発言権を持つ重みのある存在になりたいものだ。応用地質学の発展と各自の研鑽が基本だが,お役所のシステムも改善する必要があろう。
 同時に,今できることとしては,会社の待遇など労働条件をもう少し改善し,明るい近代的な労使関係を築いて,若手がいつも転職のことを考えているような状態をなくして欲しい。そうすれば,学生たちももっと地質分野に進出するに違いない。大学教師や業界トップの発言より,自分たちに身近な2〜3年上の先輩の言葉のほうがはるかに影響力があるのだから。

(1989.9.15 稿)


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更新日:1997年8月19日