災害の空間的予知

岩松 暉(『消防科学と情報』,No.56, 4-5, 1999)


 「災害の予知」というとまず何を連想するであろうか。ほとんどの人が東海地震の予知を思い浮かべるであろう。首都圏の人は来るべき関東地震かも知れない。マスメディアが,「いつ地震が起きるか」といった時間的予知だけにもっぱら焦点を当てて報道してきたからである。
 しかし,地震予知の成功不成功にかかわらず,地震が起きてしまえば被害は出る。寺田寅彦は地震と震災を峻別し,次のように述べた。 「地震の現象」と「地震による災害」とは区別して考へなければならばい。現象の方は人間の力ではどうにもならなくても「災害」の方は注意次第でどんなにでも軽減され得る可能性があるのである。
 すなわち,震災予防という観点からすれば,いつ地震が起きても大丈夫なように,災害に強いまちづくりをしておくことが重要であると強調したのである。しかるに近年,震災対策を地震予知研究に矮小化する傾向が見られるのは問題である。寺田の指摘を生かす一つの道が災害の空間的予知であろう。つまり,わが町の「どこが危ないか」を明らかにし,そこに重点的に防災対策を施すのである。
 阪神大震災では震度7の「震災の帯」が話題になった。最初は,この下に伏在活断層がある等々諸説あったが,結局地盤条件によるということになった。図は,軟弱な若い地層(第四紀層)を剥ぎ取ったときの地形を示している。基盤等高線図という。等高線が混んだ部分,すなわち第四紀層と基盤岩の境界面が急傾斜したところに,周辺よりも震度の高い帯が分布していることが一目瞭然である。
 また,液状化現象が起こった地域は,縄文海進時の汀線よりも海側であった。数千年前の縄文時代は,今よりも暖かだったので,極地や高地の氷河が解けたため,現在の海水準よりも数メートル高かったから,その部分は当時海だったところである。新潟地震では,信濃川や阿賀野川の旧河道に沿う部分に液状化災害が集中した。
 このように地震の被害と地盤条件は密接な関係がある。人口の集中する都市域,とくに沿岸大都市では,地盤図作成が急務といえよう。ただし,従来の地盤図は,建設基礎の解明を目的として作られたため,ごく表層の沖積層だけを取り扱うのが普通だった。しかし,地震防災という観点からすれば,上述のように深部基盤の情報まで含む必要がある。
 土砂災害や水害についても,寺田の指摘が当てはまる。地すべりや山崩れは自然の摂理であって,人間の手で抑えこむことはできない。植生の繁茂に応じて風化が進み,肥沃な土壌が形成される。斜面上の土壌は,やがて耐え切れなくなって崩れ,洪水によって下流に供給される。平野はこうした山崩れや洪水の賜物である。ある意味では,なくてはならない自然現象であるともいえる。
 しかし,それが災害になっては困るし,寺田のいうように注意次第でどんなにでも軽減され得る可能性がある。すなわち,ハザードマップを整備し,危険個所については,ソフト・ハード両面で事前の防災対策を取っておくことが肝要である。
 かつて私は,鹿児島のシラス災害に関し,次ぎのような防災戦略を提言したことがあった。
 鹿児島県本土の約6割はシラスに覆われている。そのため,「人が死なないと梅雨が明けない」という悲しい言葉があった。何十万個所もシラス崖がある以上,手の打ちようがないとする宿命論である。しかし,本当にシラス防災は不可能であろうか。かつて結核は国民病といわれていたが,全国民を対象としたツベルクリンとレントゲン集団検診によって,撲滅することに成功した。間接撮影やツベルクリンによって陽性者を抽出し,BCGを接種する。さらに要精密検査者については直接撮影を行い,要治療者には手術や薬物療法が行われたのである。現在も成人病検診が全成人を対象に行われている。シラス災害も同様,まず全県下の崖を対象に地形や植生などから,要注意個所を洗い出す(そのためのエキスパートシステムも開発した)。要注意個所については簡易貫入試験なども併用した地質踏査を実施する。要精密検査個所についてはボーリングなど機器を用いた精査を行い,要手術と判明したら工事を行えばよい。このような手順を踏めば,何十万個所崖があっても,災害は宿命とあきらめる必要はない。
 以上,災害に備えて防災まちづくりを行うための前提として空間的予知の重要性について指摘した。もちろん,時間的予知の重要性を否定するものではない。的確な避難命令が出せるような時間的予知の研究は今後も続けなければならない。
 最後に,自然災害との対処の仕方について雑感を述べたい。自然は刻々と姿を変えていく。土木技術によって自然を現状のまま永久に固定する,つまり自然を征服できると夢想するのは,秦の始皇帝が不老不死を願ったと同じく荒唐無稽である。災害絶滅から災害軽減へ,さらには災害との共生へと発想の転換が必要なのではないだろうか。それ故なお一層,災害の時間的予知と空間的予知によって,被害を最小限にとどめる努力が求められる。

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更新日:1998年12月15日