自然災害研究における地質学の役割

―南九州のシラス災害を例として―

岩松 暉(学術会議主催学術シンポジウム『地圏環境システム―地質科学からの展望―』8, 1993)


 南九州には地元でシラスと呼ばれる非溶結の火砕流堆積物が広く分布している。中でも鹿児島県は、県本土の6割近くを入戸火砕流(24Ka)に覆われており、シラス災害は宿命と考えられてきた。水を含むと角砂糖の如く溶けるとの俗説は論外にしても、確かに流水の侵食には弱い。従来地質学者はこうした成因や性質の解説を行うだけで、具体的な解決策にはほとんど貢献してこなかった。本当にシラス災害は防ぐことができないのであろうか。
 現在見られるシラス災害は、表土の表層すべりか、斜面を覆う薩摩降下軽石層(11Ka,桜島ボラ)の表層すべり(ボラすべり)が大部分である。前者は、裸地から陰樹群落へと進む植物遷移に応じて、地下で進行している土壌形成作用により表土層がだんだん厚くなってくると、斜面傾斜との関係で限界に達したときすべるものである。したがって、崩壊輪廻とも言える周期性がある。この関係を利用すれば危険斜面を抽出することが可能となる。鹿児島の斜面災害は降雨が誘因であるから、当然地下水の集中しやすい谷型斜面がより危険である。後者は、ボラ層直下の不整合面をすべり面としてすべるものである。降下軽石は淘汰がよく良好な地下水の通路となるため、不整合面付近は粘土化が進行して非常にすべりやすくなっている。しかも堆積物の安息角以下の比較的緩斜面であるから、ベンチカットして宅地等に利用されることが多く、不整合面が人工的に切り出されてすべる災害が跡を絶たない。埋没谷から水が供給されて表層すべりが誘発されるケースも多い。
 このようなメカニズムが分かれば、危険箇所予測図を作成することが可能である。地形植生の観察に基づくAI診断から、地質踏査・精査・防災工事といった一連の防災戦略を地質学の立場から提案した。近年の都市化に伴って話題となっている「防災都市づくり」にとっても地質学の果たすべき役割は大きい。地質学者は社会的責任を自覚する必要がある。
We need warm-hearted geologists rather than cool-headed pure scientists.
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更新日:1997年8月19日