岩松 暉著『山のぬくもり』40


出戻り

 教授会で国立大学理学部長会議の報告があった。オーバードクター問題である。文部省は数年前から大学院拡充策を採ってきた。旧制大学は大学院大学になったし、新制大学にも博士課程が続々と設置されてきた。そろそろ博士が大量に誕生する時期になったのである。しかし、従来から博士の就職先はあまりないから、結局大量の博士失業が出る。最初の2・3年は学術振興会の流動研究員制度(Post Doctoral Fellowship: PDF)で食いつなげても、それが切れてしまうと全く行きどころがない。やむなく母校に帰ってきて、研究生としてうろうろしているのだという。これを「出戻り」というらしい。こうなるのは火を見るよりも明らかだったのに、文部省は何を考えているのだろう。教員も建物も現状のままで、院生数だけもっとこれからも増やす計画である。質より量だとでもいうのだろうか。大学教員も、僅かな研究費増と己のステータスシンボルのために、博士課程設置プランを立てて文部省に迎合しているから、あまり文部省を批判する資格はない。やがてニューヨークのように博士号を持ったタクシー運転手が出現するであろう。

(1997.11.19 稿)


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更新日:1997年11月19日