岩松 暉著『山のぬくもり』34


ジンタ

 鹿児島にサーカスがやってきた。サーカスというと子供の頃聞いたジンタを思い出す。終戦後の新潟県栃尾町(現在は市)でのことである。雪深い田舎町にもサーカスがやってきた。当時は「天然の美」をもの悲しく奏でるのがサーカスのお決まりだった。ジンタに釣られて行ってはみたが、引揚者のこととて金はない。入口からのぞき込んだり、テントの周りを回ってみたりした。テントの裏では子供が一人で石蹴りをして遊んでいる。親なし子はサーカスに売られ、芸を仕込まれると聞いていたから、あの子も自分と同じ親なし子だと思った。母が死に、父はまだ帰国しない頃のことである。無性に母が恋しい。ジンタの音がその気持ちを増幅した。
 今にして思えば、あの子は団員の子供だったのだろう。要するに越後の角兵衛獅子とサーカスを混同していたのだ。親方に連れられて諸国を回り、トンボを切り門付けをして歩いた角兵衛獅子は、ほとんどが親なし子だったという。その話がいつの間にかサーカスとオーバーラップしてしまったらしい。しかし、今でも「天然の美」を聞くと何となくもの悲しくなるのである。

(1997.3.9 稿)


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更新日:1997年8月19日