岩松 暉著『山のぬくもり』33


期末試験

 食堂で他学科の先生に会うことがしばしばある。先日こんな会話があった。
彼「どうもお久しぶり、またイヤな試験の季節ですね。」
私「ええ、監督は寒いし退屈だし、イヤですねえ。」
彼「いえ、入試ではなく期末試験のことですよ。」
私「?」
彼「試験をしてみると、学生たちが全く何も理解していなかったことがよくわかります。いったいこの俺は1学期間何をやっていたのだろうと虚しくなるから試験はイヤなのです。」
といった具合である。下調べ・スライドの準備と相当のエネルギーを割いて一生懸命講義をした酬いが、白紙に近い答案では虚しい気持ちになって当然であろう。
 試験は、学生はイヤに決まっているが、かくの如く先生もイヤなのである。そこで私は講義時間の最後にちょっとした感想を書いてもらうことにしている。教員免許のための地学概論でのこと、その日はシラス災害の話をした。学校の先生になろうという人は地元出身が多い。シラス災害は身近で興味があるだろうと思ってのことである。もちろん、災害の話の前にシラスそのものについて予備知識を与えた。雲仙の火砕流の写真を見せたり、火砕流を出すような噴火様式(クラカトウ型噴火)の模式図も見せた。シラスは火砕流堆積物であって、空から降ってきた降下軽石とは違うと、くどく言ってから本論に入った。そのことが災害と密接に関わるからである。ところが、講義の最後に「シラスとは何か」を一言で書いてもらったところ、「桜島から降ってきた火山灰のこと」「土石流の積もったもの」といった解答が続出した。ザル頭が大学に入学してくる時代になったのか、1時間前のことが覚えておれない若年アルツハイマーか、恐らくそうではあるまい。知的好奇心がないのである。授業は単位を取るための必要悪でしかない。最初から聞く気がなかったのである。その証拠にこうした大人数の講義では私語が多い。携帯電話のベルが鳴る。これが将来学校の先生になろうと志している人の実態である。先の他学科の先生ではないが、メランコリックになってくる。

(1997.3.1 稿)


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更新日:1997年8月19日