岩松 暉著『山のぬくもり』26


安全マニュアルと緊急時マニュアル

 斜面災害関係の研究集会があった。神戸大学都市安全研究センターの沖村先生が、阪神大震災の教訓と題する講演をされた。その中で工学者の立場からの反省という次のような話をされた。
 今までは絶対壊れないものを作るのが工学の使命と考えられてきた。構造物は絶対安全との自負もあった。つまり、工学部には安全マニュアルはあっても緊急時マニュアルがなかったのである。その自信がこの度の大震災でもろくも崩れた。これからは、壊れることを念頭に置いて、いかに被害を最小限に食い止めるか、とくに人的被害を出さずに済むかを考えなければならない。防災から減災へのパラダイムシフトが重要である。
 謙虚な態度に大変感銘を受けた。かつてあるシンポジウムで「山崩れも洪水も自然の摂理であって決して無くならない。いや無くなっては困るのだ。このようなメカニズムがあってこそ肥沃な土壌が下流に供給され、平野が形成されるのだから。がけ下や遊水池は自然の領域として利用を避けた祖先の智恵に学ぶべきだ。頑丈な構造物を造ってぎりぎりまで土地利用を押し進め、防災構造物がかえって危険因子に転化していることもある。工学者は現時点での最適適応ばかり考えていて、ロングレンジの発想に欠けている。」とやって、ひんしゅくを食らったことがある。今回、その当の工学者の口から反省の言葉が語られたのである。感慨深かった。これからは理学と工学が手を携え、両者の長所を生かしながら、研究を進めていけば、真に有効な防災対策ができあがるに違いない。ただし、「木より竹、剛より柔」の発想では、軽微な被害は免れない。床上浸水はゴメンだが、数10年に1回くらいの床下浸水程度は覚悟する必要はある。

(1997.2.1 稿)


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更新日:1997年8月19日