岩松 暉著『山のぬくもり』24


感覚距離

 福岡に出張することになった。東京から電話があって、「福岡まで来ているのなら、翌日こちらに回ってよ」という。東京―鹿児島と東京―福岡は飛行機ならほとんど同じ時間である。「鹿児島はよほど僻遠の地にある田舎だと思っているな。馬鹿にしている。」と反論した。彼は、「鹿児島は奥さんの引力が強いから離陸しにくいでしょうけれど、福岡なら離陸は簡単でしょ」とあわてて言い訳をした。うーん、うまい。この一言で上京する羽目になった。
 東京の人にしてみれば、福岡までは新幹線で行けるから地続きとの意識なのだろう。あるいは、やはり都会=開けた近いところ、田舎=遠い地方という潜在意識があるのかも知れない。私も、鹿児島に来るまでは、九州は南の一つの島と思っていた。転勤直後、コートを着ずに福岡に出かけ、吹雪に遭って驚いたことがある。福岡は鹿児島と同じ南国ではなく、新潟と同じ日本海側だったのである。鹿児島―福岡間のほうが東京―新潟間より遠いことを実感した。同じように、九州―東京と九州―上海はほぼ同距離だが、感覚的には上海は遠い外国である。
 時間距離マップというものがある。ある地点を中心に他の場所まで行く最短時間で描いた地図である。感覚距離マップといったものを作ったらどうだろう。恐らく中央や先進国の優越感が反映したものになるのではないだろうか。自分が「僻遠の地」に住んでみて、かつて東京にいた頃の潜在意識を反省した次第である。

(1997.1.22 稿)


前ページ|ページ先頭|次ページ

連絡先:iwamatsu@sci.kagoshima-u.ac.jp
更新日:1997年8月19日