岩松 暉著『山のぬくもり』17


日本の大学

 学生時代の親友から賀状が来た。昨年高校教諭から国立大学の教授に転職した人である。年俸が350万円ダウンして驚愕しました、と書き添えられていた。世の中では、大学教授は社会的地位も高く、給料も高いと思われているらしい。彼も当然そうだと思っていて、大学からの招聘を受諾したのだろう。
 それで思い出した。昨年(1996年)秋、淡路島の活断層を見学した際、神戸大学講師の林(りん)さんに案内していただいた。林さんは、東大で学位を取り、その後民間地質コンサルタントに勤めていた経歴を持つ。夜、旅館で談笑したとき、大学に移られた感想を聞いてみた。いろいろびっくりすることばかりだったとのこと。
 @月給が半額になって先ずびっくり。ある程度下がるのは予想していたが、こんなに下がるとは思っていなかった由。もちろん、残業手当など一切なし。A旅費がないのも想像外だったらしい。会社では出張旅費なしに現地調査を命じられることはないが、大学教官には研修という制度がある。旅費を伴うのを出張といい、自腹で行くのを研修というのである。ちなみに年間出張旅費は教授で年12万円程度だから、若い講師はもっと低い。これで学会出席から、調査研究旅費、さらには学生の野外調査指導までまかなっていることになっている。こんな虚構を放置しておいて、一方で官僚の空出張、本当に腹が立つ。B自由になる研究費がほとんどない。前におられた会社では、開発研究費がかなりあったとのこと。C会社では接待費があるのに、学生に飲ませるのも自腹。これも予定外だったらしい。Dあらゆる雑用を全部自分でしなければならない。会社では各自1人ずつアルバイトの女性が付く。鉛筆の下書きを渡せば製図してくれるし、タイプを打ったりコピーもしてくれる。大学では教授の先生まで自分でしているのですよ、と驚いていた。E何よりも一番びっくりしたのが、日本人の学生が勉強しないことです、中国の学生のほうが数等上です、と最後にとどめを刺された。日本人の私としては返す言葉もなかった。中国では大学教授が成績順に勤務先を割り振るので、辺境に行きたくないから、みんな必死で勉強する由。
 こうしてみると、日本の大学のおかれている位置は、国内的にも国際的にも最低である。茨城大学の高橋正樹さんは、現在の大学の衰退と閉塞状況の原因は構造的なもので、構造改革もなしに任期制などちらつかせて業績主義をあおる文部官僚は、十分な弾薬も与えず突撃を命じた戦争中の軍部参謀と同じだ、竹槍ではB29を打ち落とせない、と断じている(高橋,1996)。全く同感である。

(1997.1.15 稿)


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更新日:1997年8月19日