岩松 暉著『山のぬくもり』14


小学生の誤り

 私の息子が小学生の頃、虫を飼うのが好きだった。ある日毛虫を捕ってきてチョウチョになるまで育てるという。本当に何ヶ月も面倒見切れるか、殺してしまう結果になったら可哀想だよというと、考えた末、やはり飼うのは諦めた。どこにいたのかと聞いたら、「崖っぷちの日の当たる風通しがよいところで、柔らかい大きな葉っぱの上にいた」と答えた。必ず元の場所に返すように言ったのだが、翌週死んでいたと告げに来た。もっと柔らかそうな葉の上に置いてきたのだという。毛虫は特定の種の葉しか食べないから死んで当然である。
 同じような過ちをわれわれもやっていないであろうか。わが団地で自然の残っているところは崖っぷちしかない。崖っぷちなら日当たりがよく風通しもよい。どれも毛虫にとっては本質的な条件ではない。柔らかい葉というのも、その植物のごく一部の特徴を言っているに過ぎない。相関係数だけでものを言うことの危険性がここにある。『数字でウソをつく方法』という本もあった。
 地質学は人類が実際に見聞したことのない大昔を扱うことが多い。収集したデータより帰納する訳であるが、何しろ地質時代のことだから、断片的なデータしか得られないのが普通である。どうしても上述のような「小学生の誤り」に陥りやすい。心したいものである。

(1997.1.12 稿)


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更新日:1997年8月19日