岩松 暉著『二度わらし』27


教師冥利

 ついに60歳の誕生日を迎えた。名誉教授の方たちの時には教室主催の祝賀パーティーがもたれた。ああいった因習は昭和1桁生まれでやめよう、私も学生たちもみんな同じ昭和2桁であると主張して、パーティーは廃止した。「今年60のおじいさん」などと認めるのはイヤだったからである。それに、東大の後輩たちが赤いチャンチャンコの代わりに赤褌を贈ろうなどと不穏な計画を立てていたので尚更である。一応こうした企画は鎮圧してホッとしていた。
 誕生日からちょうど1ヶ月後、松本で地質学会があった。若い卒業生が集まるから来てくれという。もちろん、喜んでOKした。当日、松本駅前の飲み屋に数人集まった。いきなり、「先生、還暦おめでとうございます」と乾杯され、最高級のデジカメをプレゼントされた。この不意打ちにはジーンときた。さらに大雨で不通になっていた中央線の回復を待って、3時間以上遅れて東京勢が駆けつけてくれた。この会のためにやって来てとんぼ返りするのだという。教室と後輩たちには手を打ったのに、OBのほうは手抜かりだったと冗談を言ってみたものの、本当は涙がこぼれそうだった。誠に教師冥利に尽きる。

(1998.9.27 稿)


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更新日:1998年9月30日