[地質調査こぼれ話 その5]

巡検ゴロ―教養地学見学旅行―


 東大駒場地学教室では,平常の講義・実験・ゼミの他に,年に3〜4回,夏休みなどの長期休暇や日曜を利用して,地学見学旅行と称する巡検が行われていた。泊がけのこともあるし,日帰りのこともある。実験やゼミの聴講者ばかりでなく,広く一般学生にも門戸を開いていたから,文系の学生も顔を出した。 毎回2〜3人の先生が付いて,総勢10数名程度だった。行った場所には,記憶にあるものだけでも,阿武隈山地の相馬と八茎鉱山・四倉,栃木県葛生,房総半島犬吠岬・清澄山,伊豆大島,三浦半島,伊豆半島伊東・大室山・修善寺・大仁,丹沢山地・中津川渓谷,静岡県掛川・高草山・佐久間ダム・久根鉱山などがある。その中でも一番印象深かったのは鉱山見学である。まだ金ヘン景気の名残があったころだから,活気に満ちていた。先輩の地質屋さんが案内に出てきて説明してくれたが,「掘った分はわれわれが必ず新しく見つけてみせる。日本の資源やエネルギーはわれわれ地質屋が支えているのだ」と自信満々であった。この自負と息吹に接し,大変感銘を受けた。地質学は社会に大いに貢献しており,やりがいのある仕事らしい,自分もひとつやってみようか,と思ったものである。先に述べた片山先生の紅茶と,この鉱山見学が私の進路を決めたように思う。
 巡検で多くの先生方や先輩のお伴をしたお蔭で,地質調査のコツを門前の小僧的に習い憶えた。例えば,岩石のトリミングの仕方は岩生周一先生(現名誉教授)に教わった。先生が気に入らなくて捨てた失敗作でも,われわれから見れば名人芸である。真似して一生懸命練習した。木村敏雄先生(現名誉教授)は,便利な調査用具を探し出してきたり,用具にちょっとした工夫を凝らしたりするのがお得意だった。フィールドというものを大事に考えておられたから,普段の買い物のときでも頭がそちらに向くのである。私もすっかり凝り性になり,アメ横をほっつき歩いたりした。フィールドノートのつけ方は伊藤和明さん(現在NHK)や中村一明さん(東大地震研・故人)など助手の人たちに手を取って教えていただいた。駅ホームの立ち食いソバを1分で食べる方法や汽車のキセルの仕方は某先輩に教わった。
 巡検は,旅行ができて,ハイキングができて,おまけに鉱物や化石のお土産付きである。もちろん,泊まりの場合には宿で大コンパもある。汽車の中での先生や友人との語らいも楽しい。そこで,本郷に進学してからも参加する常連までいた。彼等を「巡検ゴロ」と呼んでいたが,気がついたら私もその最たる者の一人になっていた。
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更新日:1997年8月19日