[地質調査こぼれ話 その4]

尺取り虫―教養地学実験―


 東大駒場では,講義と実験がセットになっており,理Tは物理学実験・化学実験と図学演習が必修で,理U(理Vはまだなかった)は前2者と生物学実験が必修だった。その点,地学実験は受けたい人だけが自主的に受けるのだから,人数も少なく雰囲気も大変良かった。もちろん,室内実験もあったが,何といっても思い出に残っているのは野外実習である。私たちのときは伊豆大島に出かけた。5月の連休と夏休みに行ったように記憶している。ハンマーは事前に貸してくれた。
 現地集合だから,思い思いに夜の竹芝棧橋から東海汽船に乗り込んだ。3等船室はギュウギュウ詰めのザコ寝。どこかのBG(今のOLのこと)と一緒になる。女性のお尻が目の前にあり,気になって眠れない。早朝元町港に着く。指導教官の中村一明さん(東大地震研・故人)がいつの間にか下りてくる。きっと1等に乗って来たんだな,などとうわさをしていると,椿油売りのアンコさんが「アーラ,しばらく」と声をかける。「バカ,学生の前じゃないか」とドギマギしているのが可笑しくてニヤニヤ。
 早速,露頭観察である。みんなハンマーがもの珍しくて,むやみと露頭をひっかく。中村さんから,「ハンマーをふるう前に露頭全体を注意深く観察しろ」と叱られる。きれいに成層した地層が褶曲している。火山なのにヘンではないかと言われると,なるほどヘンだ。Scoriaだのpumiceだのfallだのと英語の専門語がポンポン出てくる。スケッチの後は柱状図作り,一人が折尺を当てて読み,一人が記録する。1カ所ならまだしも,他の場所でも同じことをやらされた。なんでこんなつまらないことをやらせるのかと文句を言う。まるでこれでは尺取り虫ではないか。
 昼食後,実は白い薄いpumiceは,大島のものではなく新島のものであること,Paleosol(古土壌のこと、paleosoilと書き笑われる)は火山活動の相対的静穏期で,植生が繁茂し人間活動があったことを示し,その遺跡の考古学的研究から噴火年代がおさえられることなどの話があり,はじめて尺取りの意義がわかった。地層累重の法則などという言葉は知っていたが,それが露頭から歴史を読み取ることだ,と実感できて強い感銘を受けた。そのとき教わった三原山の火山活動史などはすっかり忘れたが,わずかな手懸りから理詰めで推理することの面白さを学んだように思う。
 山頂では,危険立入り禁止区域に入り,火口をのぞく。溶結火砕岩というものを教わる。火口近辺に飛んできた火山弾やスコリヤはまだ熱いから,自分自身の熱でもう一度くっついたのだという。なんだ当たり前の話だ,つまらない。いや,そうではない,もしもこれが地層の中に入っていたら,どうするか。溶岩と間違えるのは論外だが,これがあると,その近くに火口があったことを暗示する。活火山のような新しい時代の地質現象を知ることは,そうしたときに大いに役に立つ。「現在は過去の鍵」なのである。確かこんな意味の話があって,溶結火砕岩という言葉が妙に頭にこびりついた(この話は地学実験ではなく,片山信夫先生(現名誉教授)もおいでになった巡検のときの話かも知れない)。
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更新日:1997年8月19日