書評:加藤碵一・須田郡司著『日本石紀行』

岩松 暉(GUPI Newsletter NO.63, p.3, 2008)


 日本には「見なし」の文化があります。枯山水などがその典型でしょう。敷き詰めた石に流水や大海原を連想するのです。いや、もっと古くから日本人と石は切っても切れない関係にありました。エジプトやインカの石造建築物は天文など実用に供されるものだったそうですが、日本人は縄文の昔から自然のままの石や岩、さらには山自体に神性を感じ取り、崇拝してきたのです。それは仏教伝来後も変わりませんでした。禅で有名な鈴木大拙は随筆『石』で「ほかの国民の間では、日本人のよう に、自然石が愛せられるかは、余り知らない。が、吾らの間では自然のままの石を愛する。石に人間の魂を与えて見る。」と述べています。このようにわれわれ日本人は岩や石にさまざまな思いを託してことのほか愛してきました。全国各地に○○岩、○○石という名前の付いた岩や石が数多くあります。今までその解説書がなかったのが不思議なくらいです。
 幸い、このほど地質の専門家である産総研加藤氏と日本石巡礼をしていた写真家の須田氏のコラボレーションによる標記のような本が上梓されました。待望の書です。本書は次のような章からなっています。①常世から現世へ石と道連れ、②神宿り、神籠もるところ、③ありがたき仏のおわすところ、④恐れ戦く怪力乱神、⑤人の世の移り変わりと縁、⑥進化の流れに沿って、⑦海陸の王である巨獣、⑧弱肉強食の猛獣の世界、⑨人類の良き友―ペットや家畜、です。このように聖なるものから俗なるものまですべて網羅しています。
 全国各地の石を訪ね、その由来や伝説を記載するだけでなく、それにまつわる故事来歴を軽妙に語っており、楽しく読むことが出来ます。著者の博学ぶりがよくわかります。交通の便まで付いているのは親切です。もちろん、当然のことながら、周辺の地質と、それぞれの岩がそのような面白い形になった成因、つまり、差別侵食や節理等々が解説されています。単に、獅子岩・蛙岩・ローソク岩などと言われても、「フーン、似ているね」だけで終わってしまいますが、成因を知ると、また違った興味がわいてきます。各地の観光地や神社仏閣にはしばしば名の付いた形の変わった岩石があります。これから秋の行楽シーズン、本書を片手に出かけてはいかがでしょうか。巻末には、取り上げた岩石の県別リストだけでなく、付録として地質年代区分・日本列島の地質構造・岩石の分類・用語集などの図表も付いており、地学が専門でない方にもわかりやすくとの配慮がなされています。石に関心のある方、自然を愛する方にぜひお勧めしたい本です。 (岩松 暉)
加藤碵一・須田郡司著『日本石紀行』,みみずく舎,232p,A5 判,2008/9/8 刊,\2,310

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更新日:2008年9月23日