書評:島田 恒 著「NPOという生き方」

岩松 暉(GUPI Newsletter No.16, p.5, 2005)


 皆さんは疲れていませんか。グローバリゼーションのかけ声の下、経済合理主義万能となり、地質・建設コンサルタントはたたき合いの結果、不満足な調査でも数をこなすことに追われ、技術者としての誇りを感じられなくなっていますし、研究者は論文の数だけを要求され、チャレンジングなライフワークにじっくり取り組むことができなくなっています。あちこちでぼやきと嘆きが聞かれます。過労死も人ごとではありません。世界第2位の経済大国だというのに、豊かさが実感できないのです。戦後の成長を支えてきた日本の政治経済体制が破綻し激動期に入ったことは理解できても、かといって、アメリカ的経済合理主義で突っ走ってよいのかと、漠然とした不安と不満を感じておられるのではないでしょうか。
 そうした時代だからこそ、企業や行政の限界を克服し、新たな市民社会を構築していくこと、「もう一つの社会」「もう一つの生き方」を作り出していくことが必要なのではないでしょうか。その原動力となるのが企業・行政とは活動原則を異にするわれわれNPOなのです。こう主張するのがこの本の著者島田恒(ひさし)氏です。したがって、本書は類書のような単なるハウツーものではありません。氏は(株)クラレの営業部長・事業企画部長などを歴任後退社し、島田事務所を設立、淀川キリスト教病院顧問など、企業やNPOの指導・研修に携わってこられ、ボランティアなど豊富な経験をお持ちです。京都文教大学人間学部教授もされておられるとか。
 本書は次のような章立てからなっています。
序章 NPOの感動と活力
第Ⅰ部 現代社会とNPOの役割
第1章 私たちはいま、どこにいるのか―経済突出社会の現実
第2章 豊かさの再構築
第Ⅱ部 成功の原則・失敗の原則―NPOの運営
第3章 NPOの成功とその基本原則
第4章 NPOの失敗とその予防装置
終章 「もう一つの生き方」へ踏み出す
 前半では、ホスピスなど感動的な事例を紹介した後、ミッション(使命)の重要性が強調されています。ミッションとは組織の目的であり価値観です。ミッション・ステートメントは美辞麗句が連ねてあるだけの飾り物ではダメです。心底信じている価値は何か(信念)を確かめ、貢献しようとしている内容は相手側からのニーズがあるのか(機会)、そのなかで卓越した力を発揮できるのか(能力)を検討し、練り上げるようアドバイスしています。さらに、組織が発展していくためには、イノベーション(革新・新機軸)とアントレプレナーシップ(起業家精神)が不可欠と述べています。社会の変化とそこからの要請をいつも見据えて、自らのミッションと一体化させながら事業内容を変革していく努力が大切なのです。現代の経済突出社会の病理については省略しますが、これからは多元的社会であり、だからこそ多元的なNPOの存在が必要なのだとの見解だけ紹介しておきます。
 後半はNPOのマネジメントです。マネジメントというと企業経営が連想され、NPOにはなじまないと思われるかも知れません。しかし、NPOも組織であり、善意の個人の働きを超えて、それを結集し、組織の成果として社会に貢献するのですから、マネジメントはおろそかにできません。ただし、金儲け本位の経営ではなく、ミッションベイストマネジメントであるところが違います。また、会員やスタッフの自発性をいかに引き出すかが生き生きとした活動を持続させる鍵になると述べ、ミッションへの共感とそれへの貢献の喜びなど非物質的誘因が基本としています。財務の健全性にも触れていますが省略します。
 NPOの失敗については、世俗化(儲け主義)に走り腐敗するケースやアマチュアリズムによる非効率などの例を挙げています。最古最大のNPOであるカトリック教会でも、分派分裂の問題もありましたし、世俗化(支配階級化)などの問題も多々ありましたが、例えばイエズス会のように初期のミッションに立ち返る存続のための自己革新が行われ、現在でも世界に大きな影響力を持つ巨大組織として存続しています。普通のNPOでも甘えや自己満足、ミッションの希薄化を予防するためには理事会などのガバナンスが有効に働くことが必要としています。
 終章の最後の項は「NPOと人生」です。NPOは「何のために生きているのか」という個人の生き方に対する根元的課題を見つめ直す機会を与えてくれるし、「もう一つの社会」をつくり出すという大仕事に参加しているのだとの充実感を与えてくれると力説しておられます。私たちのGUPIも会員の一人一人がそのような生き甲斐を実感できるNPOに成長したいものです。GUPI会員の皆様にぜひお薦めしたい一書です。
島田 恒 著『NPOという生き方』PHP新書335, 214pp.,\756, 2005/3/4発行

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更新日:2005年3月9日