他山の石―JR事故に思う―

専務理事 岩松 暉(GUPI Newsletter No.19, p.1-2, 2005)


 JR福知山線で衝撃的な事故がありました。運転歴11ヶ月の未熟な運転士が制限を大幅に超える猛スピードでカーブを曲がろうとして脱線転覆、107名の犠牲者を出したのです。まだ事故調査中ですから事故原因について全面的に論評するつもりはありませんが、ソフト面に関してわれわれ地質屋にとってもいくつか教訓があるように思います。
技術の伝承:
 まもなく団塊の世代が一斉に定年を迎えます。いわゆる2007年問題です。バブル崩壊後採用の手控えが行われていましたし、不景気でOJTをやる余裕もありませんでした。熟達した技術者が退職した後、突然、未熟な技術者にバトンを引き継がなければならないのです。地質コンサルタント会社にとって深刻な問題です。役所のインハウスエンジニアの実力もとうの昔から落ちています。医師の手術ミスは1人しか殺しませんが、地質屋の調査ミスは運転ミス同様、大勢の生命に関わる事態を招くことだってあります。OJTに期待できない以上、団塊の世代をGUPIに迎え、GUPIが音頭を取って技術の伝承を行う必要があるのではないでしょうか。人材活用の大きなテーマだと思います。
原因究明とマネージメント:
 アメリカの国家運輸安全委員会(NTSB)は、事故直後まず関係者に刑事免責を与えた上で洗いざらい話させて、事故原因を3M (Man, Machine, Management)に従って整理し、同じ原因では二度と事故を起こさないようにするのだそうです。日本の場合には技術的な原因究明が中心で、直接の原因者特定と刑事責任の追及が熱心に行われます。勢い関係者は口をつぐみ、不都合を隠してしまいますから、同じような事故が後を絶ちません。どうも責任者厳罰主義は江戸の昔からの伝統のようです。当時江戸とロンドンで大火がありましたが、ロンドンは石造りの耐火建築にしたのに、江戸では八百屋於七を江戸市中引き回しの上、獄門に処しました。しかし、いくら厳罰にしても火事と喧嘩は江戸の華、何度も大火に見舞われています。
 経営体質のようなマネージメントが等閑視されるのも問題です。JR西日本ではミスを犯した運転士に懲罰的な再教育を行っているそうです。昔は一人前の鉄道員に育てるために厳しく仕込みました。どんなに厳しくても本人のためとの思いが根底にありました。だからこそ息子も孫もポッポ屋の跡を継いだのです。しかし、今は本人のためでなく、会社に不利益を与えたから懲罰するといったニュアンスが強いようです。就職難だから代わりはいくらでもいるというわけです。これでは人材は育ちませんし、ヒューマンエラーによる事故はなくならないでしょう。アメリカ的市場万能論の下、利益至上主義はJRだけでなく、あらゆる業種に及んでいます。リストラが横行し、従業員は単なる使い捨てのコマ扱いです。これでは、技術の研鑽に努め一人前の技術者になろうと努力する人が出てくるはずがありません。地質調査業界でも会社を辞めて全く別の職種に就く若者が出ています。終身雇用制の日本型経営は時代遅れと言われていますが、地質のような知識産業の場合、じっくりと技術者を育てる姿勢が重要なのは、これからも変わらないのではないでしょうか。
ハード依存体質:
 鉄道事故では肝心の経営体質などはなおざりにされ、ヒューマンエラーをハードでカバーしようとする事故対策が行われます。ATSも1962年の三河島事故後導入され、これで事故がなくなると言われたものでしたが、事故は後を絶ちませんでした。もちろん、ハード対策の重要性を否定するものではありませんが、高度な先端機器が導入されればされるほどブラックボックス化して、作動原理を知らないまま操作方法だけ覚えることになります。高速でカーブに進入した列車に自動で急ブレーキがかかったら脱線を助長するだけです。カーブにおける遠心力など基本的な物理の教育がどの程度行われていたのでしょうか。
 地質調査についても同様です。電気探査の原理を知らなくても、ソフトにデータを打ち込めば、こぎれいなトモグラフィーの絵が描かれます。しかし、電探ではゆるみのないよう電極棒を打ち込む職人芸が一番肝心なのだそうです。踏査や観察も軽視され、コンピュータのお遊びのようなカラフルな無内容の図面がはびこっています。地質調査とはボーリングをしてN値や土質定数を求めるルーチン作業だと誤解している若手が多いようです。薄利多売で数をこなす必要から、ついそうなってしまうのでしょう。
 以上、個人的感想を縷々書きましたが、今回の鉄道事故を他山の石として、地質調査業界でも若手地質技術者のレベルアップに真剣に取り組むことが、2007年を目前に控え、焦眉の課題だと思います。GUPIはその面で貢献できるのではと考えています。

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更新日:2005年5月10日