(NPO)地質情報整備・活用機構における地質情報の収集整備

岩松 暉 (日本情報地質学会シンポジウム資料, p.5-11, 2005)


1.はじめに

 特定非営利活動法人地質情報整備・活用機構(略称GUPI)は昨2004年5月内閣府の認可を受けて発足した。設立趣意書には大略次のようにうたわれている。
世界有数の地震国・火山国である日本の国土は地形的・地質的に特異な環境にあり、災害列島といっても良い。このような劣悪な自然環境を抱えるわが国土に豊かで活力ある社会を築き、そこに住む国民が安心と豊かさを享受するには、この国に住む人々が地質に関する基礎的な知識を共有することが大切である。国民すべてが地球科学に関する知識を持つことにより、防災面でも、環境面でも大きな貢献ができる。そのためにこれまで大学や研究機関あるいは公共事業の発注者、コンサルタント会社などに保有されてきたあらゆる地質関連資料を整備し、一般市民、行政機関が利活用できるスキームの構築を目指す。また、これまで産業界、研究・教育界で活躍をしてこられ、地質情報の活用・普及・啓蒙に関心を持つ経験豊富な地質専門技術者を組織して、一般市民、行政機関が利活用できるスキームを構築することを目指す。
 すなわち、GUPIは大別すると①地質学・地球科学の普及啓発、②地質情報の収集・整備・公開、③地質専門技術者の人材活用の3分野を主要な活動領域としている。今回のシンポジウムに関しては、第2の分野が深く関わる。

2.この1年間の活動

 普及活動に関しては、ユネスコの推進するGeoparkをわが国でも実現すべく、環境省や産総研に働きかけたり、産総研からの受託で「九州地質ガイド」のCDを作成したりした。地質技術者の活用に関しては、会員それぞれの得意分野や希望を聞くアンケートを行った。それに基づいて1・2の地方自治体に発注者支援の技術アドバイザー制度を創設してはどうかと働きかけている段階である。
 地質情報に関しては、地質情報のクリアリングハウスを目指してホームページの充実をはかった。ハザードマップの所在情報や新潟中越地震の緊急リンク集が好評であった。また、昨年は新潟地震40周年だったこともあり、「新潟地震地盤災害図」をGISで復刻した。さらにweb-GISによりインターネット公開を企図している。これらについては別に報告が予定されている。

3.地質情報の収集・整備・公開

 さて、肝心の地質情報の収集・整備であるが、ほとんど全くといってよいほど進んでいない。それはなぜか。確かに保管機関が多岐にわたり、どこに存在しているかわからないということもあろう。国・地方自治体などの官公庁、大学や研究所などの独立法人、公団などの特殊法人、JR・電力会社・ゼネコンなどの民間会社、さらには実際に調査に当たった地質コンサルタント会社などに分散して多量の地質情報が蓄積されている。それも本庁や本社で集中管理しているところから、支所・支店でバラバラに管理されているところとさまざまである。また、建設CALSが施行されているというものの、まだ地質情報の電子化は半数程度にとどまり、紙ベースのデータ保管も多く、まして古いデータにまで遡及した電子化はほとんど行われていない。たとえ電子化されていても、それぞれ専用ソフトで管理されているケースが多く、互換性がないことも問題である。しかし、これらはまだ些末な技術的な問題である。所在が明らかなところはいくらでもあるのだし、それを収集するだけでも多大の労力と時間を要する。まずそこから始めればよいのである。それができないところに本質的な問題がある。

4.地質情報収集の壁

 独立行政法人防災科学技術研究所地下構造データベース検討ワーキンググループの報告書(2004)によると、調査した7割以上の機関では、新たな事業計画の推進に際し、過去に取得した資料を比較的活発に活用しており、開示の必要性については、資料の開示は事業推進のために有効であるとする意見(利用者としてという条件付きの賛成回答も含む)が9割以上を占めていた。しかし、それは受益者としての立場であって、提供者としては一般公開に逡巡するものが多く、開示するにしても第三者への提供不可・研究目的限定・商用利用禁止などの条件をつけるとするものが多い。
こうした結果を招来した根本は官公庁の守秘義務の強制にある。地質調査はほとんど公共事業に伴って実施されることが多いからである。従来、工事に関連して事故が発生した場合、地質学的に予見不可能だったとして責任を回避する例が多く、地質情報はグレイゾーンにしておくほうが何かと便利だったのだろう。また、劣悪な地盤だと公表されると地価が下がり資産価値が目減りするとして、住民が難色を示すケースも多々あった。
民間会社にも公開をためらう理由がある。地質情報が開示されていると、新たな調査やボーリングの仕事を発注するところがなくなるのではとの恐れである。資源業界では自社鉱区の地質情報は直接鉱量の予測につながり、株価などに跳ね返る。また、現代では情報はビジネスになる。やすやすと無償で公開するのには抵抗もあろう。今まで蓄積された膨大な紙ベースの地質情報を電子化するには多大な労力と費用がかかる。それを誰が負担するのかとの問題もある。

5.地質情報整備法(仮称)の制定を

 しかし、地質情報は国土の基本情報・知的基盤情報であり、国民共有の知的公共財産である。国土保全・環境改善・防災に不可欠な情報であることは論を待たない。学校教育や社会教育にとっても重要である。最近は理科離れが進み、国民の地学素養が極端に落ちている。インド洋大津波でビデオを撮影していた人の「異常気象」とか「温暖化」とかいったナレーションは、津波に対する無知をさらけ出している。避難せずにのんびりとビデオ撮影していたために、溺死した人は恐らく相当数に上るであろう。また近年、社会資本整備のコスト縮減が叫ばれている。正確で十分な地質情報のないまま工事に取りかかったために、設計変更を余儀なくされ工期の遅延と工費の大幅増をきたした例は枚挙にいとまがないし、事故を引き起こした最悪のケースもある。イギリスではサッチャー改革で調査費を削ったために、後年さまざまな問題が噴出した。産官学からなるSite Investigation Steering Group (1993) が”Without site investigation ground is a hazard”なる本で総括している。経済的工事のために地質情報は不可欠なのである。
 一方、1999年行政機関の保有する情報の公開に関する法律(情報公開法)が制定された。第1条で「この法律は、国民主権の理念にのっとり、行政文書の開示を請求する権利につき定めること等により、行政機関の保有する情報の一層の公開を図り、もって政府の有するその諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにするとともに、国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資することを目的とする」とうたっている。先に地質情報は国民共有の知的公共財産と述べたが、この国民主権の精神からも地質情報の公開を促進すべきであろう。
 また、2000年には土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律(土砂災害防止法)も制定された。第1条において、「この法律は、土砂災害から国民の生命及び身体を保護するため、土砂災害が発生するおそれがある土地の区域を明らかにし、当該区域における警戒避難体制の整備を図るとともに、著しい土砂災害が発生するおそれがある土地の区域において一定の開発行為を制限するほか、建築物の構造の規制に関する所要の措置を定めること等により、土砂災害の防止のための対策の推進を図り、もって公共の福祉の確保に資することを目的とする」と述べ、国民の安全のためには私権制限をも辞さないと宣言している。地質情報公開は私権に関わるとしてためらってきた根拠がもう既に崩れかけているのである。「地質情報整備法」(仮称)のような法律を制定する気運が盛り上がってきたのではないだろうか。

6.諸外国の例

 諸外国の例を調べてみたい。ごく最近では台湾で昨2004年1月「地質法」が制定された。第1条で、基本的な国土の地質情報の収集、地質災害の防止、さらには地質教育を目的として挙げている。土地開発者には事前の地質調査と地質安全評価を義務づけるとともに、地質資料の中央主管機関への提出を定めている。また、その資料は定期的に公開するとともに、求めに応じて公開されるとしている。また、地質資料保有者が民間や個人の場合には費用の補償もうたわれている。
 イギリスにはMining Act (1926)やWater Resources Act (1991) がある。収集機関は英国地質調査所(BGS)で、対象は鉱物・地下水の調査、採取、生産を目的としたボーリングのデータである。ただし、すべてのデータではなく、鉱物の場合には深度30m 以上のボーリング、地下水は深度15m 以上のボーリングと限定されている。原則は一般公開であるが、地質データ等の閲覧は有償という。
 オランダにもMining Act (2003改訂)がある。やはり地質調査所(NITG)が収集に当たっている。収集対象は鉱物および地熱利用に関する調査、採取、生産、地下貯蔵等のためのボーリングや探査活動の成果である。深度は100m以上とされている。一般公開は掘削後5年経過したものとされており、鉱業権者の利益も考慮してのことであろう。データ閲覧は有償だが、成果をまとめた地質図や三次元地質構造モデルについてはインターネットで無償閲覧できる。
 オーストラリアには、Petroleum Search Subsidy Act (1957)、Petroleum (Submerged Lands) Act (1967)がある。やはり収集機関は地質調査所に相当するGeoscience Australiaである。収集対象は、石油資源に関する調査、生産に関わるボーリングデータやコアサンプルおよび探査活動の成果・報告書等である。1年経過後に公開が基本であるが、2年経過後とするものもあり、三次元地震探査データは8年後公開とされている。閲覧は有償である。
 アメリカについては調べきれなかったが、米国地質調査所(USGS)が比較的安価に石油坑井データを提供しているという。

7.おわりに

 以上概観したように、GUPIで当初目指していた地質情報の収集は守秘義務の壁に阻まれて進展していない。地質情報整備法(仮称)を制定し、開発当事者に地質調査と地質安全評価を義務づけるとともに、調査資料の提出と公開を求めるべきであろう。諸外国の場合、法制化では全て地質調査所が関わっている。産総研地質調査総合センターの奮起が望まれる。文化財保護法(1951)では開発行為を行うに際して発掘を義務づけた。その結果、周知のように、日本の古代史が一変する学問的な成果が上がっている。地質情報の公開は学問的にも大きな成果をもたらすに違いない。
 最後に、本稿をまとめるに当たり、応用地質株式会社技術本部地震防災センター地震動・津波解析グループ長田正樹氏に海外事例に関する有益な情報を賜った。篤く感謝の意を表する次第である。

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連絡先:iwamatsu@sci.kagoshima-u.ac.jp
更新日:2005年3月30日