老眼やぶにらみ地すべり学―次世代に期待する―

岩松 暉(斜面防災対策技術協会地すべり防止工事士技術講習会)


1.はじめに―私の懺悔―

 1986年、「片状岩のクリープ性大規模崩壊」という論文を書いたことがある。その中で、宮崎県椎葉村本郷地区の山腹に凸地形(いわゆる胎み出し地形)があり、その下部に末端崩壊がある。この末端崩壊は大規模崩壊の前兆現象であって、やがて崩れるであろうと述べた。その写真を鹿児島大学のホームページ「かだいおうち」にも載せておいた。ところが、2005年9月6日、台風14号により、まさにその場所が大規模崩壊を起こしたと、メールを頂戴した。さて、20年前の予言が当たったとして胸を張って良いのであろうか。過疎地のため、人的被害がなかったからよいものの、もしも人命が失われていたら、恐らく責任を追及されたに違いない。学術雑誌の片隅に書いておいただけで、住民にも行政にも警告しなかったからである。その後、崩壊地頭部に林道が建設されたことも知らなかったが、当然、ルート変更を提案すべきだった。なぜ、積極的に働きかけなかったのか。「やがて崩れる」というだけで時間の目盛が入っていないことが示すように、遠い将来と考えていたからである。活断層の話でも、明日動いても不思議ではないし、1,000年後かも知れないなど言って、地質家はひんしゅくを買っている。われわれの世代の地質学では、人間の寿命のオーダーでの予知予測が出来なかったのである。次の世代の方々にはぜひ土砂災害でも短期予知が可能になるくらい学問を進歩させていただきたいと願っている。

2.前回2000年講演

 ミレニアムの年にも,この場で講演したことがある。20世紀末は21世紀の展望ばやりだった。地すべり学の分野でも同様、『地すべり』や『応用地質』で特集が組まれた。それによると、20世紀の地すべり研究は、地質学・地形学・水文学・砂防学・地盤工学それぞれバラバラに取り組まれ、専門が原因を決定するとさえ言われていた。基盤岩の地質の研究から、第四紀における造地形運動として地形発達史的に捉えるようになってきてはいたが、当時は空中写真による地形判読→ボーリングによるすべり面位置の決定→仕様書通りの対策工といったマンネリ化・ルーチン化が問題視されていた。そこで、私はその時の講演で以下のようないくつかの提案をした。
① 応力解放に伴う初生地すべりの予知
 縦貫道の時代から横断道の時代になり、盛土ではなく切り土工が増えた結果、切り土に伴う初生地すべりを予測することが課題となった。
② ジオトモグラフィーの画期的な進歩
 パソコンの小型高速化により、ジオトモグラフィーが可能になった。この進歩に期待したい。ただし、コンピュータのお遊びになっては困る。
③ 地震に伴う地すべりの予知
 台湾集集地震に見られるように、地震は造地形運動の大きな要素ではないか。従来、水問題(間隙水圧)だけに注目していたが、もっと地震による地すべり(地震地すべり)の研究をする必要がある。
④ 崩壊や落石の研究も
 人的被害に関しては地すべりより崩壊や落石のほうがもっと重要である。その研究も必要である。
⑤ コストパフォーマンスのよい調査法
 ルーチンのボーリングから一転して経費縮減になったが、もっとコストパフォーマンスのよい調査法が求められている。
⑥ 西洋医学的外科手術から東洋医学的患者管理へ(ハード一辺倒からソフト対策へ)
 住民不在の対策工ではなく、地すべりと共生しながら生活が成り立ち、災害や景観にも配慮した対策が求められる。
⑦ 国際貢献も視野
 途上国支援はPKOだけではない。技術移転を。

3.8年後の進歩は

 さて、それから8年、どの程度進歩したのだろうか。残された課題について私見を述べ、若手に期待したい。
① 切り土地すべり、地震地すべりの研究は依然として必要
 新潟県中越地震や今回の岩手・宮城内陸地震でも見られるように、依然初生地すべりの研究は重要である。広域の斜面評価・地震応答の手法開発が求められる。全国地すべりポテンシャルマップを人工衛星やレーザプロファイラ、GISなどを駆使して研究することが必要であろう。ただし、基本は現地踏査である。
② 三次元解析・GPS応用のさらなる発展
 ジオトモグラフィーはやや期待はずれだったが、もっと進歩してもらいたい。
③予知予測の精度向上
 先にも述べたように、中長期的予測から短期予測、少なくとも人間の寿命のオーダーへ近づける必要がある。
④ 住民参加、地すべりとの共生
 住民が判断できる資料を提供し、住民が参加できる対策の立案などを行うことが重要である。住民に居住地の危険性を知ってもらうことで、対策工の選定に住民の意見が反映でき、アンカーに受圧盤と言った高価で景観的にも配慮しない構造物を作る箇所が減る可能性があるのではないだろうか。
⑤ ロングライフ工法
 高度成長期に造ったコンクリートや鉄骨の構造物が一斉にメンテナンス期に差しかかり問題になっている。将来的にはメンテナンスフリーの工法を開発する必要があろう。

ページ先頭|退官後雑文もくじ
連絡先:iwamatsu@sci.kagoshima-u.ac.jp
更新日:2008年7月26日