日本にもジオパークを!
岩松 暉(東京地学協会地学クラブ、2005.11.18)
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Slide01 岩松と申します。地質情報整備・活用機構、略してGUPIというNPOの専務理事をしております。当機構は①地球科学の普及啓発、②地質情報の収集整備活用、③地質技術者の人材活用を3本の柱として活動しているNPOです。会長は応用地質(株)相談役でIYPE国内実行委員会の委員長もされておられる大矢さんです。 その普及活動の一環としてジオパークを日本にも作りたいと運動しているものですから、標記のような演題で講演をせよと地学クラブ世話役から仰せつかりました。
Slide02 皆さんは世界遺産という名前はよくご存知のことと思います。丸で囲んだところにユネスコのロゴがあります。世界遺産はユネスコのプロジェクトなのです。
Slide03 世界遺産とは、1972年のユネスコ総会で採択された「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」(世界遺産条約)に基づいて、世界遺産リストに登録された遺跡や景観そして自然など、人類が共有すべき普遍的な価値をもつものを指します。世界遺産には、自然遺産・文化遺産・複合遺産の3種類があります。そのうち自然遺産の場合、ご覧のクライテリア(評価基準)の1つ以上に適合する、世界的に見て類まれな価値を有していることが条件です。こうした条件に合致したところを各国がユネスコに推薦するわけです。日本の場合、外務省・文化庁・環境省・林野庁・水産庁・国土交通省からなる世界遺産条約関係省庁連絡会議で推薦物件が決定され、そのリストが外務省を通じユネスコに提出されます。なお、蛇足ながら本年9月、「石見銀山遺跡とその文化的景観」が文化遺産として推薦されました。
Slide04 わが国で最初に世界遺産に指定されたのは屋久島でした。1993年のことです。私は当時鹿児島大学におりましたので、私と植物の先生がユネスコへの申請書の添削を当時の環境庁から頼まれました。先ほどのクライテリアに地質・地形がありましたから、屋久杉のことだけでなく、ちゃんと地質のことも書いてありました。
Slide05 今日お話しするジオパークも世界遺産同様、やはりユネスコのプロジェクトです。これはユネスコジオパークのホームページです。
Slide06 ユネスコには世界遺産だけでなくさまざまな企画があり、ジオパークもその一つです。しかし、世界遺産条約やラムサール条約のような条約のレベルではありませんし、MAB計画よりも下です。MABは政府間の研究計画で128カ国が参加しています。したがって、ジオパークは政府を縛るものではありませんから、なかなか国も動いてくれません。その国の地質屋さんたちの熱意にかかっています。もちろん、ユネスコの中でのランクアップについては、IUGSやIGCPを通じて働きかけることも重要です。
Slide07 さて、そのジオパークとはどのようなものでしょうか。ジオパークは1997年に“UNESCO Geopark Programme”が提唱されたことに端を発します。次いで2000年、リオの第31回IGC(国際地質学会議)の時、 IGCP科学委員会(Scientific Board of International Geoscience Programme)の答申に基づき、ユネスコに国際ジオパーク顧問団(International Advisory Group for Geoparks)が作られました。このメンバーにはIGCPやIUGS(国際地質科学連合)・ IGU(国際地理学連合)などの国際学術組織だけでなく、各国の政府機関やNGO(非政府組織)も含まれています。こうした一連の国際会議を受けて、2004年2月13日パリのユネスコ本部で、「ユネスコの支援を受けるためのNational Geopark運営ガイドラインが定められました。
Slide08 そのガイドラインによれば、ユネスコのジオパークは次のような条件が備わっている必要があります。すなわち、
- 地質学的重要性だけでなくその他の文化的価値もなければならない。
- ジオツーリズムなど経済的貢献も必要。これは途上国支援を考えてのことでしょう。
- 地質遺産の保全と地質科学の教育に資する。
- 地元での官民による共同行動計画を持つ。
- 国際的なネットワークの一翼を担う。
などです。細かなことを言えば、その国の地質調査所のお墨付きが必要といった項目もあります。
Slide09 2004年6月には北京で第1回のコンファレンスが開かれました。その時ユネスコ地球科学部長(当時)のEder氏が基調講演をされましたが、氏はジオパークの目的を端的に保全・教育・ジオツーリズムと要約されました。
Slide10 こうしたユネスコのガイドラインに合格した公園にはこのような認定書が交付されます。これはオーストリアのEisenwurzenの例です。
Slide11 これはWorld Geopark事務局のホームページです。北京にあります。中国は温家宝首相が地質屋さんのせいか、大変熱心です。それで事務局を誘致したのでしょう。ついでながらIUGSの機関誌Episodeも中国で印刷されています。記事が不足すると手近な人に依頼しますから、結果的に中国の意見が色濃く反映されます。IUGSが財政難と人手不足で編集の引き受け手を探していたとき、中国が手を挙げたのです。どうしてこういう時、日本は手を挙げないのでしょうかね。
Slide12 昨年最初に25個所認定されましたが、現在では33個所になっています。ご覧のようにそのうち12個所が中国で、残りはヨーロッパです。いずれも安定大陸の地質ばかりで島弧からは一つも入っていません。
Slide13 ヨーロッパもやはりなかなか熱心で25個所のジオパークがネットワークを組んでいます。10月にギリシアで第6回のミーティングをしたそうですから、かなり前から取り組んでいたのでしょう。ドイツのように、ユネスコ認定ではないけれど、その国独自のジオパークを持っている国もあります。
Slide14 ヨーロッパの地質図上にジオパークの地点をプロットしたものです。一応満遍なくいろいろな地質のところが認定されていることがおわかりになるかと思います。なお、緑色の星印はヨーロッパのネットワークには入っていますが、今のところユネスコ認定ではありません。
- Reserve Geologique de Haute - Provence - FRANCE
- Vulkaneifel European Geopark - GERMANY
- Petrified Forest of Lesvos - GREECE
- Maestrazgo Cultural Park - SPAIN
- Astrobleme Rochechouart Chassenon - FRANCE
- Psiloritis Natural Park - GREECE
- Terra Vita Naturpark - GERMANY
- Copper Coast Geopark- IRELAND
- Marble Arch Caves & Cuilcagh Mountain Park - N.Ireland UK
- Madonie Nature Park - ITALY
- Parko Culturale Rocca di Cerere - ITALY
- Kulturpark Kamptal - AUSTRIA
- Eisenwurzen Naturpark - AUSTRIA
- Naturpark Bergstrasse Odenwald - GERMANY
- North Pennines AONB - UK
- Abberley and Malvern Hills Geopark - UK
- North West Highlands - Scotland - UK
- Park Naturel Regional du Luberon - FRANCE
- Schwabische Albs - GERMANY
- Geopark Harz Braunschweiger Land Ostfalen - GERMANY
- Mecklenburg Ice Age Park - GERMANY
- Hateg Country Dinosaurs Geopark - ROMANIA →EGN Member, not World Geopark
- Beigua Geopark - ITALY →EGN Member, not World Geopark
- Fforest Fawr (the Great Forest) Geopark ・ Wales - UK
- Bohemian Paradise - CZECH REPUBLIC
Slide15 これはドイツのハルツジオパークです。以前からジオパークと称していたのですが、今年ユネスコの世界ジオパークに認定されました。ハルツはヘルシニア造山運動の語源となった標識地ですから、地質屋さんなら名前はご存知のことと思います。このようなきれいなホームページを持ち、右上のようなパンフレットも発行しています。
Slide16 これは中国の国家地質公園National Geoparkのホームページです。中国は西暦2000年国家地質公園の指定を始め、第1組11個所、第2組33個所が選定されました。さらにその後第3組国家地質公園41個所も選定されています。結局85個所も地質公園がある勘定になります。その中からユネスコの世界ジオパークが12個所選ばれました。必ずしも全部第1組ではなく第2組や第3組からも選ばれています。
Slide17 これは第1組および第2組、計44個所の国家地質公園の位置です。カテゴリー別に分けると次のようになります。
- 層位学的遺産stratigraphic heritage:6個所
- 古生物学的遺産paleontological heritage:8個所
- 構造地質学 的遺産structural geological heritage:2個所
- 地質学的地形学的遺産geologic-geomorphic heritage:15個所
- 氷河地質学的遺産glacial geologic heritage:2個所
- 火山学的遺産volcanological heritage:6個所
- 水文学的遺産hydrological heritage:2個所
- 土木地質学的遺産Engineering geological heritage:1個所
- 地質災害遺産geohazard heritage:2個所
Slide18 そのうち世界地質公園に認定されているのはこれら12個所です。人口の多い沿海部の有名な名所旧跡が多く指定されているようです。
- 安徽省・黄山世界地質公園(Huangshan Geopark)
- 江西省・廬山世界地質公園(Lushan Geopark)
- 河南省・雲臺山世界地質公園(Yuntaishan Geopark)
- 雲南省・石林世界地質公園(Shilin Stone Forest Geopark)
- 廣東省・丹霞山世界地質公園(Danxiashan Geopark)
- 湖南省・張家界世界地質公園(Zhangjiajie Sandstone Peak Forest Geopark)
- 黑龍江省・五大連池世界地質公園(Wudalianchi Geopark)
- 河南省・嵩山世界地質公園(Songshan Geopark)
- 浙江省・雁蕩山地質公園(Yandangshan Geopark)
- 福建省・泰寧地質公園(Taining Geopark)
- 内モンゴル自治区・ヘシグテン(克什克騰)地質公園(Hexigten Geopark)
- 四川省・興文地質公園(Xingwen Geopark)
Slide19 これは嵩山世界地質公園(Songshan Geopark)です。35億年以降現在までの地層が良い露出状態で見られること、先カンブリア時代約30億年の間に起こった3回の地殻変動の証拠である傾斜不整合がすべて観察できることから“地球史の教科書”といわれています。右の写真は25億年前の嵩陽造山運動(Songyang Movement)の模式地です。不整合の下の地層が始生代Archean、上の地層が原生代Proterozoic です。
Slide20 嵩山地質公園には地質博物館も併設されています。なかなか内容も充実しているようです。また、少林寺拳法で有名な少林寺や永泰寺などの古寺、あるいは道教の聖地中岳廟などの文化遺産もたくさんあります。ユネスコのガイドラインに地質遺産だけでなく云々とあったのにピッタリ合っています。
Slide21 台湾にもユネスコ認定ではありませんが、4つの地質公園があります。
Slide22 これはそのうち野柳地質公園(Yehliu Geopark)です。中新世の砂岩層ですが、このようなキノコ状の岩石が点在しており観光の名所になっているそうです。応用地質学会九州支部の海外巡検で行ったときの写真を頂戴しました。
Slide23 さて、このようにジオパーク設立が世界的な流れになった背景を見てみましょう。リオのいわゆる環境サミットで「生物多様性条約」が採択されたのはご存知と思います。地球温暖化や熱帯雨林の消失など、地球規模の環境悪化が問題になりました。その中で貴重な遺伝子資源が急速に失われていることも問題になりました。では貴重種や絶滅危惧種をどう保全したらよいのでしょう。トキのように鳥かごに入れて繁殖させれば済むのでしょうか。絶滅が危惧されている植物の種子を冷凍保存すればよいという話でもありません。だからこそ、条約の第1条に「その生息環境とともに」保全すると謳っているのです。
Slide24 たとえば石灰岩にしか生えない苔もありますし、カタツムリも石灰岩地帯では固有化特殊化が激しいそうです。本当かどうか知りませんが、カルシウムをサプリメントとして食べているから大型化するのだとか。そういえば、都会ではコンクリートのブロック塀によくくっついていますね。高山のお花畑でも砂岩と泥岩のところで咲いている花の種類が違うのにお気づきだったでしょうか。このように生物は地質環境に規定されて生かされているのですから、生物多様性biodiversityを保全するためには地質多様性geodiversityを保全しなければならないのは自明です。
そこで、近年ヨーロッパを中心に地質多様性を守る運動が盛んになってきました。Geoconsevationという言葉も出来ています。列島改造により自然をめちゃめちゃにした日本で、このような運動が起きないのは不思議なことです。日本の地質屋さんは生物関係者に比べて今まで行動が鈍かったのではないでしょうか。これについては後でまた述べます。
Slide25 しかし、 「生物多様性と地質多様性」なぞと外国に言われなくても、宮沢賢治が何十年も前に指摘しています。これは『地質巡検日誌・台川』の一節です。安山岩集塊岩と流紋凝灰岩では土壌の成分が違うから一方は杉が育ち他方は育たないと、生徒たちに教えているところです。当時の帝国大学農学部には地質学・土壌学の講座がありましたし、高等農林にも地質土壌学の教授がいましたから、賢治のような地質と土壌と生物を結びつけて考える人材が育っていたのでしょう。その後、農学部から地質の講座が消え、理学部は資源一辺倒になってしまいました。残念なことです。
Slide26 外国でもgeodiversityという言葉が出来たのは極めて最近のことです。1991年頃国際会議で使われ始めたらしいとのことですが、2004年になってようやく、M. Gray の“Geodiversity: Valuing and Conserving Abiotic Nature”という単行本が出版されました。彼によれば、地質多様性とは、岩石・化石・鉱物・地形・土壌および景観を形成する自然過程の多様性のこというとのことです。
Slide27 このようにgeodiversityという言葉がポピュラーになるとともに、実践活動も始まりました。イギリスにEnglish Natureという組織があります。Government Agencyとありますから公的機関なのでしょう。このEnglish NatureがLocal Geodiversity Action Plansという行動計画を策定し、各州政府でもこれに応じてAction Planを作って実践しています。ここには4つのプランが掲げられていますが、最後にあるように政策にまで影響を及ぼすという点は大事なことだと思います。
Slide28 先ほども申しましたようにgeoconservationという言葉も定着しつつあります。これはオーストラリアタスマニア州のホームページです。
Slide29 外国の動きを見てきましたが、さて、翻ってわが国ではどうでしょうか。リオサミットの後すぐ生物多様性国家戦略を策定しましたが、2002年にそれを改定して新国家戦略を打ち出しました。この中で地質はどこに位置づけられているのでしょうか。どこを探しても出てきません。関係ありそうなところは丸印のところ「国土の捉え方」当たりでしょうか。
Slide30 そこを読んでみますと、国土の構造的把握として挙げられているのは、要するに地理的区分でしかありません。環境省には一人も地質屋さんがいないのですから無理もないのかも知れません。地理屋さんは国土地理院から出向しているようですが。
Slide31 行政はともかく、学者はさすがに外国の動きには敏感ですから、環境省の外郭団体である(財)国際環境研究協会が刊行している『地球環境』誌がgeodiversity特集号を近々出すのだそうです。私も執筆を頼まれたのですが、最初geodiversityの和訳を統一しようということになりました。私は、「先ほどのGrayも”geodiversity or geological diversity”と同義語として使っているのだから当然地質多様性だ」と主張しました。しかし、環境学者たちから、地質では地形や土壌が入らないとか、静的staticな感じでprocessが入らないとか反対が出て、結局統一出来ませんでした。地質学の内容をどうもよくご存知ないようです。地質学が学者の中ですらいかに普及していないか痛感させられました。環境を研究する以上、大学教養程度の地学の常識は身につけておいてもらいたいものです。もっともこれも日本の地質屋さんが資源一辺倒で環境地質をサボり、彼らと交流してこなかったことのツケでもあります。
Slide32 地質多様性に関連する言葉として「地生態学(geoecology)」という言葉も出来ています。もともとはTroll(1970)が言い出した景観生態学に由来します。Physical geographyとEcologyを融合した学問として生まれました。2002年にはわが国でも『地生態学入門』という単行本が出版されています。
Slide33 このようにわが国でもやっと学問の世界で地質多様性が話題になり始めましたが、世の中はどうでしょうか。日本の自然を振り返ってみましょう。確かに日本列島は湿潤温暖なところですから、他の国に比べたら自然には恵まれています。しかし、半世紀前に比べたら満身創痍と言っていい状況です。自然の渚は消え、湿地はコンビナートになりました。都会はコンクリートジャングルとなり、高村光太郎ではありませんが、東京には空がないのが実情です。高度成長期の列島改造の結果です。われわれ地質屋もこれに深く荷担して来たのは否めない事実です。
Slide34 こうしたコンクリートジャングルに住む都会人が自然に触れるもっとも手っ取り早いのが近くの国立公園に行くことです。1934年瀬戸内海・雲仙・霧島の三つの国立公園が誕生したのが最初で、現在28個所あります。その設置理由を読んでみますと、地質学的な理由が必ず挙げられています。生物だけで指定されているのは釧路湿原と西表くらいなものでしょう。さすがに火山国ですから、火山地帯が過半数を占めています。しかし、これを地学教育に活用しているかというと、後から述べますようにお寒い限りです。
Slide35 蛇足ですが、(財)国立公園協会によると、年間利用者数は4億人にも上るそうです。これはものすごい数です。毎年全国民が3回は国立公園を訪れている勘定になります。その僅か1%が地学に興味を持ったとしても10万冊の地学ガイドブックが必要になります。
Slide36 その他に国定公園は55個所、都道府県立自然公園が308個所あり、全部で自然公園の面積は国土の14.2%に及んでいます。こうした自然公園を訪れる人は膨大な数に上ります。これを放っておく手はありません。
Slide37 国立公園の他にわが国には天然記念物という制度があります。これは国立公園よりも歴史は古く、1919年の史蹟名勝天然記念物保存法制定に由来します。現在は文化財保護法で指定されており、「学術上貴重で,わが国の自然を記念するもの」とされています。地質鉱物分野では221件が指定されています。
Slide38 天然記念物のうち特に貴重なものは特別天然記念物に指定されます。地質鉱物では、北から挙げますと、北海道の昭和新山、岩手県の根反の大珪化木から愛媛県の八釜の甌穴群まで20件あります。「特異な自然の現象の生じている土地を含む」とありますから、昭和新山や秋吉台のように少し広い地域も指定されていますが、公園にしては狭すぎると思います。ついでながら根反の大珪化木のある一戸町文化財課のホームページにはこのような解説が載っていました。降下火山灰に埋もれたからこそ直立したまま残っているのですが、「火山灰と砂を混ぜたような岩」の中に入っているというのでは、とても当時の噴火現象のことなどには思い至るわけがありません。姉帯・小鳥谷・根反といった周辺の珪化木地帯全体の地質の中で位置づければ、中新世にこの地域で起きた地質現象が理解できるでしょう。
Slide39 これは丹那断層です。1930年11月26日の北伊豆地震で動いた地表地震断層として名高いところです。横ずれ断層の露頭が国指定の天然記念物に指定されて小さな公園になっており、トレンチ跡にも屋根がかかって保存され、見学できるようになっています。もっとも公園といっても町の児童公園程度の大きさでジオパークとはほど遠いものです。このように天然記念物という制度は地質遺産の保存にとって有効な手だての一つではあります。
Slide40 それではジオパークはどの程度の規模が適切なのでしょうか。国立公園はあれもこれもと入れていますから少々広すぎます。天然記念物のように露頭1個所では公園になりません。富士箱根伊豆国立公園でいえば、富士山・箱根・伊豆半島・伊豆諸島くらいの範囲が適当なのではないでしょうか。
Slide41 それではわが国でジオパークを実現するためにはどうしたらよいでしょうか。その前に日本におけるジオパークを取り巻く客観状況を見てみましょう。
冒頭申し上げましたようにユネスコの中での位置づけが必ずしも高くないことが難点です。これはIUGSなどでがんばってもらわないといけませんが、各国政府を拘束するものではないので、中央省庁はなかなか重い腰を上げません。それに、関係する省庁がこのように多岐にわたっているので、どこもリーダーシップを取ろうとしないのです。昨年、環境省の次官と自然環境局計画課長、文科省の国際統括官付ユネスコ協力官とお会いしてお話だけはしておきましたが、環境省は協力的でした。何よりも最近の理科離れ・地学離れがあって、国民の関心が低いことが最大の難点です。環境省も国民の中での盛り上がりを期待しているようでした。
一方、先にも述べましたように国際的には地質多様性や地質遺産の保全に対する理解が進んでおります。また、2007年には国際惑星地球年(IYPE)も始まります。日本人は黒船には弱いですから、こうした国際的な動きは追い風になると思いますので、この機を逃さないようにしたいものです。
もちろん、ユネスコの認定獲得だけが自己目的化してはいけません。このジオパーク設立運動を通じて国民の中に地学を広く普及することが目的なのです。
Slide42 迂遠のようですが、地道に国民の中に地学の啓発を行うことがジオパーク実現の第一歩だろうと思います。そのためにも地質学関連の学界が結束して動くことが大切です。ユネスコのガイドラインにもありますように、その国の地質調査所、日本の場合は産総研も中心的な役割を果たさなければなりません。また、ジオパークはナショナルプロジェクトですから、学術会議の課題別委員会としても取り上げて欲しいと願っています。もちろん、中央省庁とも連携しなければなりません。審議会は各省庁1個だそうですから審議会は無理でしょうが、ジオパーク委員会をどこかの省庁に作って最終的にはそこで候補地を選定する必要があろうかと思います。
それから大事なことですが、ユネスコのガイドラインにもありますように、地域での共同行動が大切です。自治体やパークボランティア等との協力関係を築く必要があります。地質屋さんたちが自分の地元でこうしたボランティア活動を展開して欲しいものです。日本では生物中心に事が運んでいる理由の一つに、日本自然保護協会(NACS-J)をはじめ、生物関係者の地道な長年にわたる努力があったからなのです。その点、地質屋さんは今まで少々さぼってきたのではないでしょうか。このような地域における地道な活動が持続的に行われるようになることがジオパーク実現の近道でもあり、ゴールでもあります。
Slide43 世界遺産は先ほど述べましたように条約に基づくものですから、ジオパークとは単純に比較できませんが、参考までに指定の流れを見てみましょう。これは文化遺産の例です。自然遺産の場合には文化庁とICOMOSのところが環境省・林野庁と世界自然保護連合(IUCN)になります。
Slide44 自然遺産の場合には恐らくこのような手順だろうと思います。今産総研に実態を調べていただいております。現地調査を担当するのは日本自然保護協会NACS-Jかも知れません。なお、「世界自然遺産候補地に関する検討会」のメンバーは次の通りです。
- 岩槻邦男:放送大学教授(植物分類)
- 上野俊一:国立科学博物館名誉研究員(動物分類)
- 大沢雅彦:東京大学教授(植物生態)
- 小泉武栄:東京学芸大学教授(自然地理)
- 土屋誠:琉球大学教授(海洋生物)
- 三浦慎悟:森林総合研究所東北支所地域研究官(哺乳類生態)
- 吉田正人:日本自然保護協会常務理事/IUCN日本委員会事務局長(自然保護制度)
また、IUCN日本委員会は国家会員1(外務省)、政府機関1(環境省)および民間団体21団体からなっており、会長は大澤雅彦東京大学教授で、事務局は日本自然保護協会内におかれています。 さらに、世界遺産条約関係省庁連絡会議の構成は外務省、文化庁、環境省、林野庁、水産庁、国土交通省からなっています。
Slide45 先ほど申し上げましたように、ジオパークは条約ではありませんから、国の機関が主導するというより、学界挙げての運動が必要です。そこで、この度日本地質学会内に加藤副会長を委員長とする「ジオパーク設立推進委員会」が設置されました。学術大会の度に開催地の自治体も含めたジオパークのシンポジウムを行ってジオパークをPRしてはどうか、どこか一つ成功例を作って他の励みとしては、世界ジオパークの紹介を「地質ニュース」に連載しては、等々いろいろなアイデアが出されました。
Slide46 学界内で知られているだけではダメで、ジオパークという制度そのものの存在を国民に広くアピールすることが必要です。たまたま、JTBパブリッシングが主題図を集めた『現在・過去・未来がみえる世界地図百科』という本を出版する話を聞き込んだものですから、ジオパークのページも入れていただきました。今月(2005年11月)末に刊行されるそうです。ぜひ買ってください。
また、ジオパークの宣伝マンよろしく、講演をして回っています。先月も地質学会関東支部で講演しましたし、今日のお話もその一環です。
Slide47 さて、先ほど啓発活動が中でも一番大事だと申しました。現状はどうなのでしょうか。わがGUPIのホームページでは国立公園ウオッチングというページを作っています。皆さんも国立公園に行かれたら、お気づきの点を投稿してください。
これは日本で最初の国立公園である霧島山の案内板です。地学関係の看板はほとんど無いのですが、あってもご覧のように1万年前に出来たなどとウソが書いてありますし、ビジターセンター(現在はエコミュージアムと改称していますが)内の展示には下の図のような絵がありました。一番下に波打っているように描いてある赤い部分がマグマ溜まりだそうです。これでは霧島山はマグマの海に漂うひょっこりひょうたん島です。こんな体たらくですから、一般の観光客は、霧島はミヤマキリシマというツツジで有名なところだとは知っていても活火山だと知らない人もいました。先年高千穂の御鉢で噴気活動があり登山禁止にしたとき、観光客が猛然と食ってかかったそうです。
Slide48 これは同じく霧島のビジターセンターで売っているトレッキングマップです。自然遊歩道とその周辺で見られる植物、とくにお花の解説ばかりです。
Slide49 たとえばこのような地質ガイドマップが欲しいものです。自然遊歩道にはテフラや溶岩の露頭もたくさんあります。左下の赤いテフラは縄文時代の鍵層として全国的によく使われるアカホヤです。こんなに多くの火山や火口湖が密集しているのですから、嵩山世界地質公園ではありませんが“火山学の教科書”のようなところなのに、全く活用されていないのはもったいない限りです。
Slide50 日本には残念ながら国立公園の地質ガイドマップはありませんから、外国のジオパークの例を見てみましょう。これはイギリススコットランドの北西高地世界ジオパークです。モイン衝上断層Moine thrustで有名なところです。これは英国地質調査所が出版したWalkers’ Guideです。3Dの地質図と60ページほどのカラフルな小冊子が付いています。ここにあるように、「地質図ってなーに?」といったことから、巡検ルートのウォーキングとしての難易度まで懇切丁寧に解説されています。写真や図も豊富です。日本の地質調査総合センターもこれくらいの柔軟性は持ってもらいたいものです。
Slide51 これは先ほどご紹介した嵩山世界地質公園のガイドブックです。やはり60数ページの小冊子です。写真帳と言ってもよいようなきれいな本です。英語の解説も併記されているのは便利です。もっともその英語はひどいもので、間違いだらけですが。
Slide52 ユネスコジオパークの目的には今までお話しした保全や教育の他にもう一つジオツーリズムもあります。2007年団塊の世代が大量に定年を迎えます。彼らは昔の老人のように庭の草むしりと孫の世話で余生を送るとは考えていません。(もっとも核家族で孫もいないし、庭もないマンション生活ですから、そんな生活はやりたくても出来ないだけなのかも知れませんが。話がそれました。)現代の熟年は高学歴で知的好奇心が旺盛ですし、行動力にも富んでいます。(今の若者には両方とも欠如しています。おっと失言。)ですから旅行も盛んですが、単なる物見遊山だけでは満足できないのです。昔の観光産業は、会社ぐるみ温泉旅行で大宴会といったスタイルがドル箱でしたが、最近ではこうしたシニアをメインターゲットにし始めました。エルダー旅倶楽部といったNPOも出来ています。「知的な山旅」とか「歴史とロマンの旅」あるいは「学びと体験の旅」といった企画が増えています。ジオツアーはその地学版と言えるでしょう。恐竜や鉱物収集に夢中だった少年時代を持つ人はかなりいます。今でもミネラルショーは超満員です。ジオツアーも結構需要があるのではないでしょうか。ジオパークはそれに応えることになるでしょう。
Slide53 最後にまたまただめ押しの蛇足です。ジオパークを実現するためには地学の普及啓発が第一歩だと申しました。逆に、ジオパークを作ることによって理科離れ地学離れを防ぎ、日本人の地学リテラシーを向上させることにもつながると思います。先に環境研究者が地学を知らないと申しましたが、今の日本人の地学リテラシーは最低です。昨年のインド洋津波で、地震後引き波があった時、日本人観光客が津波と気づいて率先して逃げていればどれだけ多くの人が助かったかわかりません。それこそ大きな国際貢献になっていたはずです。半世紀前の国語の国定教科書には小泉八雲の”A Living God”の翻案である「稲むらの火」が載っていましたから、当時の日本人はみんな津波のことは知っていました。津波は必ず引き波から始まるとの一面的な概念を植え付けたマイナス面はありますが、日本人の津波リテラシーを高めた功績は大だったと思います。
それなのに、現代の日本人はスマトラで悠然とビデオを撮っていたのです。録音されたナレーションを聞くと、「波が上がってきました。異常気象です。温暖化のせいでしょうか。」などとばかげたことを言っている人もいました。もっとも彼らは偶然助かったラッキーな人たちで、ビデオ撮影をしていたため死んだ人はたくさんいたと思います。
左の写真はインドネシアの地質コンサルタントが撮影したものですが、水ぶくれの死体がいっぱい漂っていますから、あまりしげしげ見ないでください。
Slide54 台湾地震の翌年、Hazard2000という国際会議が開かれました。台湾成功大学謝教授のお話では、山が地震で緩んだため、その後土砂災害が頻発したそうです。その時死ぬのはいつも都会育ちの漢族で、高砂族など山岳少数民族は誰も死ななかったそうです。もちろん、山岳民族はどこが危ないか、どのような前兆現象があったら山崩れが発生するのか熟知しているからです。
これは人ごとではありません。その頃日本でも丹沢でキャンプ事故がありました。川の攻撃斜面と滑走斜面などちょっとした地学の常識があったら防げたのにと思います。
今では極端な一極集中で首都圏に全人口の半分が住み、地方でも県庁所在地に一極集中しています。たとえば田舎の鹿児島でも180万県民の3人に1人は鹿児島市民です。いわば一億総都会人なのです。日本人全員が自然とは切り離された生活をしています。何とかしなければなりません。私たち地学に関わる者の責務ではないでしょうか。
Slide55 もっとも悲観する必要もありません。明るい材料もあります。私は教養学部時代、地文研究会というサークルに入っていました。NHKの伊藤さんや応用地質の大矢さん・羽田さんが創立されたサークルです。昨年何十年ぶりかで駒場祭に行ってみました。ところが、本館正面の一番良い部屋に陣取っていました。何でも自然科学系最大のサークルなのだそうです。私が学生の頃は天文・気象・地理・地質の4つの班から成り立っており、全体で『島宇宙』という会誌を出していましたが、今は大きいのでそれぞれ部と称し、4つの部誌を出しているとのことでした。この展示は地質部の展示です。上から偏光顕微鏡・小麦粉によるマグマの粘性実験・骨化石の展示です。その他、パソコンで地震のリアルタイム表示もしていました。天文部もアマチュア自作では最大というプラネタリウムを体育館でやっていました。私は今時の東大生は、ドリルばかりやってきた暗記秀才の集まりかと思っていたのですが、結構自然の好きな学生もいることがわかりました。日本の若者も捨てたものではありません。希望がもてます。
Slide56 それではお前は何をするのかとのご質問が出るだろうと思います。ジオパークの実現もGUPIの力だけで出来るわけはありませんし、しゃしゃり出て手柄顔する気もありません。やはり、表舞台は学会や産総研など公的機関です。私たちはコーディネータとしてサポートに徹したいと考えています。
地学ガイドブック等に関しては先ほども申しましたように積極的に行いたいと思っています。地質学会で国立公園地学ガイドブック作成の動きがあり、協力を求められました。是非実現したいものです。また、アメリカのGeological Highway Mapのようなものを道の駅や高速道路SAに置きたいとも考えています。こうした普及活動については各地の博物館や国立公園ビジターセンターと協力してゆく所存です。なお、産総研地質図の委託販売業者に指定されましたので、こうしたところのミュージアムショップや道の駅でも地質図を販売したいと考えています。
2007年には団塊の世代が大量に定年を迎えます。地質コンサルタント技術者も例外ではありません。その人たちを中心にジオパークボランティアをする人たちを募ってはどうかと考えています。
Slide57 わがGUPIの活動の一例として、Web-GISネット巡検案内書をお目にかけます。これは三宅島を例に試作したものです。地図上のアイコンをクリックするとその場所の写真と地学的な解説を見ることが出来ます。皆さんが巡検にいらっしゃった時には、ぜひ写真と簡単な解説と緯度経度などの位置情報をご提供ください。赤丸で囲ったようにちゃんと著作権を明示した上でアップします。要するに、みんなで協力して世界の巡検案内書を作ろうではないかとのご提案です。とは言っても、お忙しくてなかなかすぐには資料をご提供いただけないでしょうから、差し当たって、見本として「地学雑誌」のあのすばらしい表紙写真をご提供いただけないでしょうか。たちどころに世界のネット巡検案内書が出来上がります。ご検討をお願いいたします。なお、地学協会ホームページのフレームに取り込んでいただいても結構です。そうすれば、読者はGUPIではなく、あたかも地学協会のホームページを見ているように錯覚します。もちろん、地学雑誌の表紙だけを抜き出して表示することは容易に出来ます。つまり、GUPIのマップサーバをプラットホームとしてどうぞご利用くださいというご提案です。
地質学会関東支部ではでたらめな露頭看板が多いので書き換えるプロジェクトを企画しておられますが、前の著者のメンツもあるでしょうし、新しく立てるには地主の了解など面倒なことがたくさんあります。一番簡単なのは、このシステムでバーチャル看板を立てることです。現地に実際に看板を立てることが可能な場合には、セラミックスなど錆びない看板にして二次元バーコードも付け、ケータイで説明を聴いたり、関連する地質図を閲覧できるようにしたらよいと思います。環境省に提案するつもりです。
Slide58 話があちこちしましたが、ジオパークとは何ぞやということだけはおわかりいただけたのではないでしょうか。ぜひみんなで力を合わせて日本にもジオパークを作りましょう!
ご静聴ありがとうございました。
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連絡先:iwamatsu@sci.kagoshima-u.ac.jp
更新日:2005年11月18日