岩松 暉著『地質屋のひとりごと』

大学・学問・学生 4


新入生のみなさんへ

 ご入学おめでとうございます。理学部教務委員長として一言ご挨拶申し上げます。と申しましても,教養単位のことは教養部のガイダンスで詳しくお聞きになったことと思いますし,理学部の指定科目については各学科で異なりますから,引続いて行われる学科ガイダンスでお話があります。従いまして,前任者から教務委員長は何もしゃべることはないので,好きなことを話せばよい,と引き継ぎを受けました。そこで,少々型破りのお話をしようかと思います。
 かつて,うん十年前に私が大学に入学したとき,教養学部の先生がこんなことをおっしゃいました。「諸君は今まで生徒であった。徒らに生きてきたのである。これからは学生,学んで生きていって欲しい。」つまり,大学というところは高校のように受け身に勉強を教わるところではなく,みずから学問を学ぶところである,とおっしゃりたかったのだと思います。最近,大学はレジャーセンターになったなどと言われますが,昔も今も学問の府であることに変わりはありません。みなさんも,この「学生」という言葉の持つ意味をしっかりとかみしめていただきたいと思います。
 みなさんにいくつかぜひ実行していただきたいことがあります。それは,
1. 生活のリズムを崩さない。
2. せめて小学生並みの宅習時間を取る。
3. 所属学科の学問について広い視野を持つ。
4. 理学部生として必要な基礎学問を身に付ける。
5. 気軽に理学部に遊びに来る。
以上の5点です。
 まず,第1の生活のリズムのことだすが,みなさんは受験戦争の重圧から解放されて,ホッとしておられることと思います。ほとんどの方が各種のサークルに入られることでしょう。そこで,ぜひ友情を育み,「生涯の友」と呼べる親友を見つけて欲しいと思います。しかし,同時に,解放感に浸ってその楽しさにおぼれ,「大学はコンパだ。」などと,昼と夜を取り違えたような生活になると問題があります。まず確実に留年への第一歩です。大体,生物としての人間は夜行性動物ではありません。「早寝早起き」のリズムを崩さず,毎日1時間目から登校して来てください。
 第2の宅習のことですが,小学校高学年なら学校から帰って1時間は宿題などの勉強をします。中学生なら最低2時間はしています。みなさんも下宿に帰ったら,せめて小学生並みに1時間は予習復習をしてください。留年の原因は語学の単位不足が大部分ですが,こうすれば絶対落とすことはありません。保障します。これは,私自身の痛切な経験からお話する涙の教訓です。
 第3は専攻学科のことです。みなさんはどんな動機で学科を選びましたか。中には共通一次の成績が悪かったから,やむなくその学科を選んだという人もおられるでしょう。私の友人に,専門学部への進学に失敗し,理学部の生物に行きたかったのに,第2志望で農業生物学科へ進学した人がいます。最初は百姓学部などと言ってコンプレックスの塊でした。「お前は誰のために,何のために学問をするのか」と,ガツンと一発言ってやったことがあります。それが,実際に学んで見ると大変面白かったらしく,卒業するときには「農業こそ天職,自分の学問が直接日本の農業の発展に役に立つことが実感できてうれしい。その点,理学部なんてかわいそうなものだ」などと言っていました。何でも,イチゴの端境期の8月に収穫する栽培技術の開発に成功し,開拓農民に莫大な利益をもたらして大変感謝されているそうです。現在は大学の先生をしており,バイオテクノロジーの最先端をやっています。ですから,みなさんも自分の専攻について,『大学演習』といった本だけでなく,その学問の位置付けについて,広く深く論じた書物を読み,自分の人生と結びつけて思索して欲しいと思います。友人や先生方と議論するのも有益です。登校拒否や転科を考える前に,ぜひやってみてください。意義がわかれば,やる気もわこうというものです。
 第4の基礎学問ですが,昔は専門バカでも通用しました。例えば,数学嫌いが生物や地学に進学したものです。しかし,今やどの分野でも数学やコンピュータは必須です。理学部に来るからには,指定科目であろうとなかろうと,自然科学のいろいろな分野について,受講してきて欲しいと思います。もちろん,科学が直接社会を動かす時代になっていますから,科学の持つ意味について社会科学的な考察を行うことも大切です。また,科学に国境はありませんから,語学は大変重要です。論文を字引引き引き読むのと,斜め読みできるのとでは,差がつくのは当然です。最近は日本も経済大国ですから,企業活動も国際的になり,就職してからも語学力がものを言います。英会話はもちろん,英語のレポートの読み書きができなければなりません。
 最後に,悩みごとがあったら一人で悩まず,ぜひ相談に来てください。また,理学部ってどんなところか知るためにも気軽に遊びに来てください。1年半後に,全員進学して来られるのを心からお待ちしております。

(1986.4.6 稿)


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更新日:1997年8月19日