岩松 暉著『地質屋のひとりごと』

山を見る・山と語る 7


褶曲―岩石も流れる―

古第三系日南層群中に見られるスランプ褶曲(川辺郡坊津町)

 木の棒を曲げてみよう。少しはたわむが,竹のようにはしならない。もっと力を加えるとポキッと折れてしまう。木より硬い岩石は曲がるはずがない? 京都大学の一室で,もう30年以上も花崗岩の梁が支点に支えられて放置されている。長期曲げ実験である。自重で少したわんできたという。粘性係数にして1×1020-21ポアズ,やはり岩石も粘性流動する。女性美の極致と言われるミロのビーナスも,何百万年もすれば,やがて大根足の土偶になるか?
 閑話休題,地層や岩体が力を受けて変形し湾曲したとき,その構造を褶曲という。それ故,地形に沿って火山灰や軽石が降り積もった場合や,溶岩が小丘を乗り越えたりした場合には,一見波曲状の形態を示していても,褶曲とは言わない。褶曲の様式は,木と竹の例のように岩石それ自体の物性や異方性と,応力・歪速度(時間)・温度など外的条件とに左右される。温度・圧力の比較的低い条件下,つまり地殻浅所で岩石が変形を受けると,地層面でのすべりや粒子間隙の増減(褶曲の内側は圧縮されて密度が増し,外側は減少する)によって歪を解消する。曲げ褶曲という。もっと温度・圧力が高くなると,堆積岩も最密充填に達し,地層面などの異方性効果も減少する。結局,粒子相互の並び換えや圧力溶解によって変形をまかなう。劈開褶曲である。さらに温度・圧力が高くなると,粒子自体の変形が起きる。粒子の再結晶を伴う変成岩の流れ褶曲はこれである。上記3種類の褶曲は,それぞれ特徴的な形態をとるがここでは省略する。
 こうした褶曲を形成した外力について議論がある。水平圧縮によって地層が短縮したためとする説と,硬い基盤がブロックごとに差別的な昇降運動を行なってその上に載る相対的に柔らかな地層が受動的に曲げられたとする説である。前者はアルプスやアパラチアなど褶曲山脈を研究した欧米の研究者が,後者は安定大陸に住むソ連の研究者が,それぞれの経験に基づいて主張した。前者は火の球地球が冷えて収縮するという昔の常識にマッチし,古くから受け入れられてきた。冷たい塵の集まりから地球ができたとする新しい地球起源説が出て,一時後者が勢いを得た。結局,現在ではプレートの衝突や沈み込みに伴う水平圧縮が主要な外力と考えれらている。もちろん,後者のケースもある。日本列島も日本海溝から見れば,高度10,000mもの一大褶曲山脈である。
 一般に褶曲というと,上記のような造構作用に伴って後生的に形成されたものを指すことが多い。しかし,堆積時や堆積直後のまだ水をたくさん含んでいて柔らかだったときに,水底で地すべりが起きるとやはり褶曲する。スランプ褶曲という。流動性に富んでいるので,形態的には流れ褶曲に類似する。
 鹿児島県では,褶曲は白亜系四万十層群や古第三系日南層群中にしばしば見られる。スランプ褶曲は諸浦島の古第三系下島層群や県本土の国分層群など第四紀層にも見出される。

(「鹿大学報」1987年8月号表紙掲載)


ページ先頭|地質屋のひとりごともくじへ戻る
連絡先:iwamatsu@sci.kagoshima-u.ac.jp
更新日:1997年8月19日