岩松 暉著『地質屋のひとりごと』

山を見る・山と語る 6


断層―地震の化石―

鹿児島県熊毛郡種子島の新生代第三紀茎永層群中に見られる小断層

 キャラメルを思い浮かべていただきたい。ハンマーでたたくような瞬時の力に対しては粉々に砕ける,つまり脆性破壊を行うが,コインをゆっくり押し付けると,コインの模様が転写できる。長時間かけると流動変形するのである。しかし,冷蔵庫で冷やしておくとなかなか流動しない。岩石も同様で,岩石自身の物性と温度・圧力・変形速度・水の有無など外的条件に応じて,同じ外力を受けても破壊したり流動したりする。前者が断裂であり,後者が褶曲である。キャラメルの例からも類推されるように,断裂は温度・圧力(封圧)が比較的低い地殻浅所で発生する。そのうち,面に沿うずれ(変位)の認められるもの,すなわち,剪断性の割れ目を断層という。
 岩石の場合,断層は最大圧縮主応力軸に対して約30゜の方向にできる。したがって,断層を調べることによって,地質時代にどのような方向から力を受けていたか推定できる。断層を力学的に分類すると,主応力軸の配置によって,正断層・逆断層および横ずれ断層に3大別される。中央構造線や糸魚川―静岡線など日本の代表的な大断層は横ずれ断層が多く,それらを作った応力場は東西方向水平圧縮であることが1960年代に指摘された。この結果は,地下発電所における現在の地山応力の測定結果からも支持され,後年プレートテクトニクスを生む原動力の一つとなった。すなわち,現在では太平洋プレートが東から日本列島を押しているためと解釈されている。
 一方,地震の本性について古来から議論されてきた。地下でナマズが暴れるという俗説はさておき,マグマ活動説・断層地震説など諸説あったが,結局,地殻が長い時間ひずみを受け,それに耐えきれなくなって脆性破壊をするときに発生する波が地震であることがわかった。断層=地震である。つまり,断層は地震の化石とでも例えられよう。なお,地殻を新しく割るよりも,古傷の断層を利用したほうがエネルギーが少なくて済む。したがって,断層は再活動して地震を発生させることがある。特に,最近の地質時代に活動した活断層はまだひずみが開放されきっていない恐れが強いので,要注意と言えよう(原子力発電所の立地条件の一つに,付近に活断層の存在しないことが挙げられている)。地震予知の研究に断層の研究が注目されている所以であり,地質学は実社会にも大いに貢献している。
 写真は,種子島の第三紀茎永層群中に見られる小断層である。V字型に交差する2方向の断層が幾組か認められる。これらはほぼ同時期にできたもので,両者の鋭角2等分線の方向に最大圧縮主応力軸がある。各地層中に見られる小断層を解析していくと,プレートの運動方向がある時代を境に転換した様子がわかる。何の変哲もないただの崖から太古の昔を推理する。地質学はロマンの科学である。

(「鹿大学報」1987年7月号表紙掲載)


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更新日:1997年8月19日