岩松 暉著『地質屋のひとりごと』

山を見る・山と語る 2


岩石の割れ目

 「私の専門は割れ目です」というと,大抵の人はニヤッとする。この割れ目は誰にでも好かれるが,普通の割れ目は厄介者扱いされるのが常である。航空機事故も疲労破壊による割れ目から起きている。地震は地球が割れるときに発生するもので,その傷跡が断層である。火山もマグマが地殻の割れ目を通って噴き出す。ダムや高層ビルなど大型構築物を造るとき,基盤に断層や割れ目があると,大問題となる。まことに割れ目とは困った存在である。  しかし,地下の割れ目が有益な役割を果すことも多い。中東の石油は石灰岩中の割れ目に溜まっているし,クリーンエネルギーとして脚光を浴びている地熱も割れ目を通って出てくる。こうした熱水の通路にはそれに溶け込んできた有用鉱物が沈着する。鉱脈型鉱床である。また,石油の地下備蓄にしても,割れ目を通って浸み出してきた地下水で封じ込める水封方式が考えられている。 こうした社会的ニーズとも関連して,岩石の力学的な研究が行われている。マスとしての岩石を取り扱う分野を岩盤力学といい,岩石そのものを扱う分野を岩石力学という。前者は工学方面で,後者は主として理学方面で行われている。土木建築方面では,地盤の強度が問題になるから,どうしても破壊強度などの力学量や空隙率などの物理量に興味が向けられる。また,たとえ地下発電所を造るにしても,極く地表に近いところだから,封圧はそれほど高い必要はない。一方,地球物理では,マントルの物性を研究する人は,固体圧を用いた超高圧実験を行っているし,地震への応用を考えている人は,もっぱら破壊時の応力条件を問題にする。
 私は地質屋だから,岩石の物性そのものを知りたいというよりは,何とか地質学と結びつけたいと考えている。圧力は地殻内部程度を想定して数Kbあればよい。まず最初は,地質構造の形成機構をもう少し定量的に論じる手段として,物理量や力学量が地質構造とどのような関係があるのか調べてみた。地質図付きの岩石力学の論文を書いたのは私くらいであろう。
 また,地質学にとって割れ目パターンの認識は大変重要である。先の鉱脈型鉱床の成因を考え探鉱方針を立てるのに欠かせないし,石油や地熱のような流体鉱床の評価に直接かかわる。そこで最近は,岩石の破壊過程でどのように割れ目が生成されて行くのか研究している。すなわち,岩石三軸試験のいろいろな段階で生成した割れ目を観察・測定するわけである。いわば小さな供試体をフィールドと見立てるのである。具体的には,第一段階として,降伏点を過ぎた後,いろいろの歪%で試験を中断し,偏光顕微鏡や電子顕微鏡で観察する。前者をマクロフラクトグラフィー,後者をエレクトロンマイクロフラクトグラフィーという。割れ目の三次元的な方位を多数簡便に測定するためには,デジタルユニバーサルステージを開発した。しかし,これはあくまでも静的解析だから,第二段階としては,より直接的に割れ目が生成される様子を知りたい。そこで,胃カメラのように,光ファイバースコープで高圧容器中をのぞく装置を作製した。これらの装置を駆使して,割れ目の本質に迫りたいと考えている。
 用いた供試体は主として天草白亜系の粗粒砂岩であるが,生成した割れ目には,大きくみて次の3通りある。
@ Intergranular crack(粒子同士の接触部に形成される伸張破壊面)
A Grain boundary crack (粒子と基質の境界に沿う剪断破壊面)
B Transgranular crack(粒子と基質の両方を切るもの)
歪が小さい段階では@・Aの割れ目が圧倒的に多く,その三次元的方位はσ2と平行である。より変形が進行した場合にはBも見られる。すなわち,まだ予察的な段階だから,仮説というよりは憶説に近いが,一応,現時点では,割れ目の生成に関して次のような考えを持っている。
 基質に比べ砕屑粒子のほうが硬くてもろいから,まず粒子同士の接触部付近で応力集中が起き,伸張破壊が発生する。その方向は,最小圧縮主応力軸σ3に直交する方向,すなわちσ12面に略平行であるが,粒子接触部では接触面とほぼ直交する方向に偏る。もっと歪が進行すると,その歪を解消するために,粒界すべりが発生して粒子同士が互いにずれる。さらに変形が進行すると,割れ目が基質中にまで伸びて行く。こうして割れ目空隙率が増加すると,応力―歪曲線はフックの法則から外れはじめる。一見流動状を呈するが,岩石の破壊はあくまでも引っ張り破壊が基本なのである。石灰岩など特殊なものを除けば,岩石の大部分は珪酸塩でできており,しかも石英が圧倒的に多い。石英はほぼ完全弾性体といってよい。つまり,従来,岩石も流動するとしてレオロジー的な取扱いが行われてきたが,岩石の力学的な挙動は「完全弾性体プラス割れ目」で説明がつくのではなかろうか。石灰岩は双晶など別のメカニズムが関与しており,違った考えが必要である。
 一世紀も通用してきた定説にアンチテーゼを提出したことになり,あまりに大胆な仮説であるが,ぜひ実証したいと考えている。

(1986.3.28 稿)


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更新日:1997年8月19日