岩松 暉著『地質屋のひとりごと』

明日の地質学をめざして 5


地学オープン・フィールド博物館

 私は先年から「ロッジ・ちしつや」なる山小屋の主人になることを夢見ていた。そこには自然史博物館が併設されており,付近で見られる自然についての解説展示が常時行われている。また,実験室(顕微鏡・薄片製作機器・パソコン程度は備える)や自然および児童書中心の図書室もある。ねらいは,各地の大学の地質野外実習(非常勤講師として指導を請負うこともある)や卒論等のベースキャンプにしてもらうことであった。背景には,数年前から,生物学科の臨海実験所のように,地質関係にも同様な施設が欲しいと,全国地学教室主任会議で要望していた経緯がある。無論,行革の世の中,なかなか実現しない。そこで,私的なものを作ろうというわけである。もちろん,若者たちが自然に親しむバカンスの場としても使ってもらわなければ,経営が成り立たない。
 こんな夢を描いたメンタルな背景には二つある。一つは,学者商売のウラを見てきて嫌気がさしたことである。研究は第一線を争うプロの世界であり,教育は人作りという神聖な仕事である。無能な者がその職に止まるべきではないが,とくに地方大学では,平然と居座り生活をエンジョイしている者が跡を絶たない。私は本来このような競争社会は性に合わないのだが,かといってこのような状況は好ましくない。もう一つは,共通一次以来学生の質が変わり,地学に意欲を持つ学生が少なくなって,肝心の人作りの醍醐味がすっかり無くなったことである。昔は,こちらが一生懸命やっていさえすれば,必ず学生は期待に答えてくれると確信できたが,今ではいかに学習意欲を持たせるかといった教育者としての力量が問われる時代になってきた。どうも自分にはその力がないらしいから,自ら身を引くべきだと考えた。山小屋の主人なら,大学の中での教師と学生といった関係とは,またひと味違った若者との触れ合いが期待できる。
 こうしたいささか隠遁者的動機から,山にこもることを考えたが,最近,自然保護運動に少しかかわるようになってから,もっと積極的に捉え直してみようと思った。丁度その時,『モンキー』誌上で,大竹・三戸両氏による屋久島オープン・フィールド博物館構想を拝見し,初めてオープン・フィールド博物館なるものがあることを知った。私のロッジは,単に宿泊施設にちょっとしたものが付いているに過ぎないが,これはフィールド全体が博物館で,その中に自然史博物館や歴史民俗資料館あるいは各種センター・宿泊施設などが有機的に配置されており,他所者のためだけの施設ではなく,地域の自然保護・地元住民全体の教育福祉に役立つ総合的なものと位置付けられている。博物館と言えば,展示物を並べた建物というイメージが強いが,これはまた大変壮大な構想である。
 うん,これはいい。早速夢がふくらんだ。本来,オープン・フィールド博物館は地域を主体にしているから,頭に地域名を付けるのが本当だろうが,まだ現段階では地域を特定できないので(南紀か阿武隈はどうかと考えている),ここでは地質を中心にすえたものを考えてみた。これに動植物・海洋(沿岸地域の場合)関係を加えれば,総合的なオープン・フィールド博物館になる。
 まずフィールドの中心地に,自然史博物館と宿泊施設を置く。自然史博物館というとすぐ恐竜を思い浮かべるが,展示はフィールドに密着したものにし,その地域の生い立ち(地史)や自然の現況が理解できるようにする。もちろん,学芸員も配置して研究活動を活発に行うが,外来者も自由に使える実験施設を設ける。この点はロッジ構想と同じで,泊まり込んでそのフィールドの調査を行う人に便宜をはかる。その他,講演会や映写会もやれるホールも欲しい。
 さらに,山の空気の澄んだところならば,天文・気象関係の観測所も置きたい。地質実験室同様,やはり“開かれた”施設にする。天文気象の愛好家層はかなり厚いから,こうした施設に対する要望が強いと思う。
 一方,フィールドには,要所要所の露頭にスケッチも入れた解説看板を立てる。自然遊歩道などには必ず植物名を記した看板があるのに,地質の説明がないのは片手落ちで不思議である。是非,地質の解説看板も欲しい。こうしておいて,いくつかモデル見学(巡検)コースを設けておく。博物館で用意した地質見学案内書を片手に自分で回れるわけである。レクレーションを兼ねて,みんなで地学オリエンテーリングをやってもよい。  その他,このような定食コースの見学だけでなく,学芸員の指導する地質見学(巡検)会も催す。もちろん,アマチュアを中心とした,郷土の地質の解明をテーマとする団体研究に発展したらもっとよい。
 以上,先の大竹・三戸論文で若干不足している地学的な側面を補強してみた。最近,国立公園にビジターセンターが設置されるようになったことは喜ばしいが,地元住民にとっても拠り所となるセンターが欲しかった。このような総合的なオープン・フィールド博物館が各地に建設されることを期待する。

(1986.8.28 稿)


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更新日:1997年8月19日