岩松 暉著『地質屋のひとりごと』

明日の地質学をめざして 2


地質学と防災科学―シラス災害を例にして―

 今年も多くの犠牲者を出して梅雨前線は去って行った。この書き出しは一昨年の第37回総会シンポジウム資料集「マスムーブメントに関する諸問題」掲載の拙文と全く同一である。どうしてこうも毎年毎年同じような災害が繰り返されるのであろうか。われわれ地質家は本当に災害をなくすために貢献してきたのだろうか。こうした反省を込めて,以下日頃考えていることの一端を述べ,御批判を得たいと思う。上記の総会では紙上討論だけだったので,今回はそれも含めてお話したい。したがって,重複する部分があることをあらかじめお断りしておく。まず最初にシラス災害を実例として取り上げてみる。

1) いわゆる“シラス災害”について

@ “シラス災害”の歴史的変遷
 鹿児島と言えば,桜島と焼酎に次いで思い出されるのがシラスである。シラスは脆くて崩れ易いものの代表のように見なされている。テレビでもコップの中にシラスの塊を入れ,この通り角砂糖のごとく溶けます,といったまことしやかなデモンストレーションが行なわれている。こうして一般の人も専門家も,シラス崖は崩れるもの,シラス災害は鹿児島の宿命,と諦めにも似た気持ちを抱かされている。確かにシラスは流水の侵食には弱いし,乱したシラスは液状化しやすい。しかし,本当に角砂糖のごとく溶けるのなら,シラス台地が2万年経った今も残っているはずがない。今頃は見渡す限りの大平原になり,さぞ豊かな穀倉地帯になっていることだろう。先の実験の落とし穴は,実はハンマーで打撃を加えて採取してきた撹乱試料を用いたことである。
 崖崩れはシラス地帯の宿命ではなく,自然の状態がほぼ保たれていた戦前にはそれほど頻発しなかった。戦後の昭和20年代,食糧増産の掛け声のもとにシラス台地の開墾が進められ,その結果,豪雨時に表面流水を生じ,大規摸な落水型のガリ侵食が多発するようになった。また,河川の崖下洗掘による崩壊も発生した。これが大々的に報道され世間の注目を集めるとともに,いわゆる特殊土の災害として土木技術者たちの関心を呼んだ。彼らの研究の結果,適切な水処理が行なわれるようになり,30年代には災害がかなり減少した。いわば土木技術の勝利と言ってよい。
 しかし,40年代の高度成長期になると,急速な都市化が進行し,大規模な団地造成に伴って,再び崖崩れが多発するようになった。この時期の災害は,以前と異なり,シラス崖本体の崩れる大規摸なものではなく,その上を覆う降下軽石層(方言でボラという)がすべるタイプのもの(ボラすべりと名付ける)や宅造に伴う盛土の崩壊が主になっている。したがって,その規模は相対的に小さくなったが,反面,発生件数は著しく増加した。また,都市災害化に伴って,人的被害も多くなってきている。つまり,侵食に起因する“シラス崩れ”から“ボラすべり”へ,農地災害から都市災害へと,“シラス災害”は土地利用形態の変化と工学的防災技術の進歩に応じてその姿を変えてきている。
A “シラス災害”のメカニズムと地学的マイクロゾーニング
 戦後のシラス災害があまりにも有名になったため,一般の人はもとより専門家までシラス本体が崩れるものと信じている。しかし,現在見られる“シラス災害”は,前述したように,ボラすべりが大部分である。粗粒でルーズなボラが斜面に平行に堆積しているところでは,地質時代を通じて地下水の格好の通路となり,そのため最下部不整合面付近は著しく粘土化が進んでいる。しかるに,最近の開発に伴ってこれを崖縁や崖下で人工的に露出させ,雨水の大量の浸透を許した結果,崖下でのパイピングによって,いわば足元をすくわれる形でボラすべりが発生するのである。
 このように明白なことが今までわからず,シラスが崩れるという固定観念にとらわれてきたのには理由がいくつか考えられるが,地質家の責任も大きいと思う。もともとシラスという語は,方言で火砕流堆積物の非溶結部はもとより,凝灰質砂層や降下軽石など軽石の含まれる白い地層すべてを指していた。鹿沼土のように黄褐色だとボラといい,白いとシラスと呼んだのである。実際に,災害現場のボラは粘土化して白く脱色されているため,土木学者の論文には二次シラスないし水成シラスと記載されていた。私が,これはボラであってシラスではないと説明したら,単に名称の問題だろうとと軽く受け取られた。しかし,火砕流と降下軽石では全く堆積機構が異なり,したがって,存在する場所(地形的地質的位置)も異なる。災害の予知予測や防災対策にとっても本質的に重要な意味を持つのである。
 例えば,シラス本体が崩れると考えたことから,崖崩れを防止するためには,高さが100mの崖なら,崖縁を幅100m,安全を見込んで倍の200mコンクリートで覆う必要がある,と主張した大家もおられる(円弧すべりを仮定か?)。シラス崖が何十万箇所もある以上,事前にそのような手を打つことは不可能である。しかし,降下軽石層ならば高々数m覆えばよい。また,ボラが斜面上に平行に堆積しているところが危ないのであるが,そこは堆積物が載っているところ,つまり安息角以下の緩斜面であるから,大いに開発され利用されているのが実情である。垂直に切り立った崖はすべるべきボラがないにもかかわらず急傾斜危険地域として指定されている。私が緩いほうが危ないと言ったら非常識なことを言うと馬鹿にされたものである。さらに,何十万箇所ものシラス崖の存在が宿命論を生んでいるが,そのすべてが危ないわけではない。ボラが載っているのはボラの噴出以前から存在した古い谷で,その後(おそらく縄文海進後)形成された新しい谷の谷壁斜面にはボラはない。すなわち,前者が危険な所で,後者は比較的安全である。また,侵食が進んでボラの載る斜面まで削り取られてしまった河川の本流は安全であるが,まだ侵食し残されている小さな支流のほうがかえって危険である。熟達した地質家なら,地形発達史を考えながら調査を進めれば容易に谷の新旧は区別できる。土木の人たちに一番欠けているのは,こうした歴史的に物事を見る観点であると言ってよい。
 私が鹿児島に転勤した当初,土木の方から「地質屋さんは気楽でいいなあ。そもそもシラスというものは,昔々2万年も前に姶良火山から噴出したもので……と解説だけしていればよいから。土木屋は災害の機構がまだ判然としていなくても最終的にダムや擁壁の設計までしなければならない。万一,それが何十年後かに壊れたら刑事責任まで追究されかねないから,一件一件が真剣勝負なのだ。」といった趣旨の話を聞かされたことがある。確かにこれまでの地質家は,私も含め災害問題について及び腰だった。もっと性の悪いのは,土木屋の無知につけこみ,権威として知識の切り売りをしてきた者である。このように批判されても仕方のない状況だった。シラス災害についても,火砕流と降下軽石の堆積機構の相違について,土木の人たちにもっと啓蒙していたら,事態は違っていたのではなかろうか。さらに,地形の傾斜だけでなく,ボラの有無・植生・水理・地形の改変状況・人家の有無などを総合的に加味した地学的マイクロゾーニングを行なえば,災害の文字通りの予防に大きく貢献できるに違いない。地質家が,工学・農学の人と話し合える共通の言語(土質力学・砂防工学・数学など)を勉強すると共に,地質学の強みをもっともっと生かしながら,彼らと協力共同していけば必ずや災害は防止できるであろう。当面,災害危険箇所分布図(ハザードマップ)の作成が急がれる。
B “シラス災害”の社会的経済的要因
 私が鹿児島に赴任した直後,歴史的な大災害があり,鹿児島市内で14名の犠牲者を出した。うち4名は本学の学生であった。その学生たちが住んでいた所は,いわゆる木賃アパートの密集する崖下地帯である。どうしてこのような危険な場所に人が住み着くのであろうか。人口が急増し土地不足と言われている鹿児島市でも,災害に対して安全な平場や台地中央部には,投機買いされた未利用地がまだかなり残っている。意識的に土地不足の状態が作り出され,工事費のかさむシラス台地の開発が推進されている。高い工事費は当然地価を押し上げ,条件の良い未利用地の地価は労せずして高騰する仕組みになっている。こうした九州でも有数の高地価と,過疎過密の同時進行による人口の圧力や安い公営住宅の不足などがからみあって,見せ掛けの土地需要が作られる。こうして,さらに遠隔地の台地が開発され,危険な斜面まで利用されていく。結局,庶民は地価の安い危険な斜面に住み着かざるをえなくなり,これが災害を大きくする要因になっている。被害者はいつもわれわれ貧乏人というわけである。
 それ故,災害を真に根絶するためには,工学的技術的対応だけでなく抜本的な土地対策が必要である。まさに政治の問題である。社会科学系の人たちとの協力が大切になってくる。ただし,彼らに引きずられて単なる政治的プロパガンダに終わってしまってはならない。どうしたら地場産業を繁栄させ,災害にも安全な,健康で豊かな生活を築いていかれるのか,住民と共に青写真を作って,政治に要求していかなければならない。
 次に,災害に遭うのは新しく移住してきた他所者が多く,江戸時代から何代も住み着いているような家は比較的安全な場所に位置している。薩摩藩の土地制度でも,古田といわれる門地や浮免は災害に対して安全な地帯にあった。祖先の知恵には学ぶべきことが多い。この点では郷土史家や歴史学者・人文地理学者との提携が必要となる。
 最後に,一番大切なのは被害を受ける地元住民(県庁などの技術者も含む)との連帯である。災害知識を普及すると同時に,豪雨時には危険箇所を共に見回わり,災害の兆候を事前に発見して避難するなど,自分の生命財産は自分たちで守る姿勢が重要である。中国流に言えば群測群防である。私も,災害の論文は原稿段階で必ず被害者や地元住民の方に見ていただいて,わかりにくかったところは直してから印刷することにしている。できればどこの家庭にもテレビのそばにぶら下げてあるような,避難の心得の載ったシラス災害に関する普及書を出したいと考えている。鹿児島地方でしか売れないようなものはもうからない,と採算の面で引き受けてくれる出版社がない。

2) 災害科学から防災科学へ

 “シラス災害”の例でも見てきたように,現代の災害には単純な自然災害はない。災害は自然現象と社会現象とが相互に交錯するところに生ずる複合現象である。それは,同時に,災害科学が俗にいう純粋理学と本質的に異なるものでなければならない理由でもある。寺田寅彦・今村明恒らが自然現象としての地震と人為現象としての震災とを厳密に区別し,地震の科学に対して震災の科学の確立を説いてからすでに50年になるが,研究者の中には未だにそれ以前の認識段階に留っている人が多い。
 特に地質学の分野は遅れていると言わなければならない。災害を副業としてではなく,本腰を入れて研究している人が何人いるだろうか。災害地質学という語さえ地質学界では認知されていず,地質学分野の科研費で災害の研究テーマを申請しても,何を場違いな,と一蹴されるのがオチであろう。例えば,斜面災害の研究は,堆積輪廻の一環としてのマスムーブメントの研究と同一視されてはいないだろうか。火山災害の研究は,火山学の研究を包含するものではあるが全く同じではない。人間不在では困るのである。話を斜面災害に戻そう。確かに従来の地すべり山崩れの報告書には冒頭に地質地形の章が必ず付いている。しかし,最後の設計施工の章にそれがどれほど生かされているであろうか。残念ながら単に地質層序の説明だけで,ただの枕詞になっていることが多い。災害原因にアプローチしたものでも,「専門が原因を決定する」の言葉通り,地質学の視野からのみ現象を見て,我田引水的なメカニズム論を展開していることもしばしばである。こうなった遠因は,現在の大学における地学教育のカリキュラムにあるように思われる(後述)。応用地質学が“純粋”地質学の単なる応用,つまり,地質学の知識の切り売りで用が足りると見なされているところに問題がある。
 このように災害現象の解明という点でも,現在の災害地質学ははなはだ不十分であるが,決定的な弱点は「災害調査あって被災調査なし」と言われるように,被災者の立場に立った対策の科学の欠如である。単なる自然科学的興味から災害現場に(喜んで?)飛んで行くのでは,かえって有害である。真の災害科学は単に災害現象を明らかにするに留らず,対策にまで踏み込み,被害を根本的に無くすことを目指すものである。すなわち,災害防止に実践的に結びつく『防災科学』に発展しなければならない。

3) 防災科学の課題―われわれ地質家は何をなすべきか―

 @ 予知・予測の研究
 災害調査とは災害発生後の事後調査のことと思っている人が多い。災害そのものから学ぶことももちろん大切ではあるが,一番重要なのは災害を未然に防ぐ研究である。いわゆる予知予測の研究で,地質学の有用性を示せるところでもある。予知予測というとすぐ地震予知を連想する。しかもマスコミの影響もあって「時間的予知」だけが予知のすべてであるかのごとく考えられている。斜面災害の研究にも無視できない影響が出ている。土中マイクロフォンを埋めた降雨実験をやって,崩壊直前の破壊音をキャッチしたと宣伝するなど,その最たるものである。一体,日本中の山や崖にマイクを埋めるつもりなのだろうか。どこにどのような災害が予想されるか,どのような対策を講じれば災害を未然に防ぐことができるかといった「空間的予知」がより一層大切なのではないだろうか。テクテク山を歩きヤブをこいで危険箇所を調べる地味な姿は,確かにテレビの映像にはなりにくい。マスコミでもてはやされなければ研究費も付きにくいし,有名大学からもお声がかからない。しかし,地質家はもっと自信と誇りを持ってよいと思う。これからの時代は,コンビナートの建設に際して環境アセスメントが必要と同様,さまざまな開発には新しい型の災害を予見し未然に防ぐ防災アセスメントが義務付けられていくであろう。この場合,工学者技術者は自然を現在という一断面でのみとらえ,その中での最適適応を考えるといったアプローチをしがちである。また,局所のみでの対策に終始し,その立地の適否までを含む大きな視野からの判断に欠けるうらみがある。地質家は悠久の自然史の中で現在を把握し,未来を洞察することができる。今こそこのロングレンジの発想とグローバルな視野という地質家の武器が真価を発揮する時である。
A 地域の科学の確立
 同じような集中豪雨があっても,災害が起きる所と起きない所がある。災害の様相も,崖崩れ・土石流・洪水と同じ町の中でも地域ごとに異なる。すなわち,災害には地域性がある。一般論ではなく,もっと克明に地域を調べ地学的マイクロゾーニングを行なって,防災アセスメントを行なわなければならない。昨年,消防庁から「防災アセスメントマニュアル」が刊行されるなど,行政サイドでもようやく事前の施策の必要性が認められつつあることは大変喜ばしい。しかし,何もかも行政に頼るのではなく,住民自身が災害に対する認識を深め,地域の特性を知っていなければ,人命の損傷を無くすことはできない。また,気象データにしても,気象庁の観測網ではネットが荒すぎて局地的な崖崩れなどの予測には不十分である。せめて中学校の校区単位程度のきめの細かさが欲しい。こうした地学的マイクロゾーニングは,地域に根ざした科学を標榜してきた地団研の最も得意とする分野であり,普遍と特殊との関連をわきまえて取り組めば,大きな貢献をすることができる。
B 総合科学としての防災科学
 災害は地質学だけで防げるわけではない。災害の空間的時間的予知予測ができても,それを防ぐには工学的対策や制御の技術が必要である。こうしたハードな対策だけでなく,ソフト面での対策も重要である。例えば,避難に当たっては災害情報や避難命令の伝達,あるいは人間行動の心理など大切な問題もある。被災者の救済問題も切実である。先にも述べたように社会経済的な背景を無くさない限り災害は無くならない。その地域の災害履歴を知り,祖先の残してくれた貴重な教訓に学ぶことも大切である。したがって,土木工学・砂防工学・法律学・政治学・経済学・行動心理学・情報科学・歴史学・地理学等々の関連諸分野の人たちとの協力共同が重要になってくる。今までのように地質家だけの狭い世界に閉じこもっていては困るのである。ただし,単に諸科学の寄せ集めではなく,防災科学を独自の科学体系として発展させる新しい理論が求められている。地質家も従来の殻から脱皮して,工学・農学の知識とセンスを身につけ,社会科学的視野を持つことが迫られているといえよう。
C “産官学共同”のすすめ
 産官学共同というと悪者扱いにされるが,学問的成果を現実の行政に生かしてもらわなくては,災害を無くすことはできない。都道府県には必ず防災関係の担当部局があるし,少し大きな市町村なら専門家もおられる。こうした技術者は,一二の県を除いて,災害復旧事業の予算獲得あるいは復旧工事の設計監督などの事務的仕事に追いまくられ,災害を未然に防ぐ調査研究には手が回わっていない。いや,そういう本来の技術的な仕事に使われていないのが実情である。また,大きな町には,大抵,建設や地質のコンサルタント会社がある。こうした所には防災に役立つ貴重な資料が埋もれている。必要以上に企業秘密の壁が厚いように思う。大学あたりが仲立ちになって,三者が対等な立場でフランクに話し合え,互いに研鑚する場ができれば,官庁や企業にも研究的な雰囲気が出てきて,防災施策の改善に大いに貢献できるようになると考える。新潟県の新潟応用地質研究会はその先進例である。その地域から災害を一掃するために,産・官・学で防災に携わる者が(もちろん住民も含め)力を一つにして努力しなければならない。今のように住民は何でも人災として裁判に訴え,行政は天災として防戦これ努めるといった関係は早く払拭する必要がある。なお,天災論・人災論について言えば,いずれも一面的で結果的にそれぞれ人為的要因・自然的要因の軽視につながる恐れがある。もっと災害を総体としてリアルに見つめ,天災論・人災論は止揚しなければならない。
D 住民の立場に立つ防災科学
 従来の研究には,客観性を装いながら実は環境破壊に手を貸し加害者に与するといった例も見られた。われわれ地質家も列島改造・高度成長のおこぼれに与り,その先兵の役割をはたしてきたことは否めない。災害の場合,被害に泣く者は常に弱者の住民であるから,その立場に立った科学を創り出していかなければならない。ただし,それは決して住民の御用学者になり,すべてを人災と決めつけることではない。われわれは反科学主義の立場は取らない。私の同僚で砂防工学の人が,小学校の通学路の安全性について学校側や教育委員会と話し合い,豪雨時の経路変更や危険箇所の応急対策を実行させた例がある。こうした1行も論文にならないことに理学部の人は力を割くだろうか。私もメカニズムがわかり論文にしてしまったら,同じようなタイプの災害は正直言って見に行く気がしなかった。二番煎じは論文にならないからである。しかし,そこに住んでいる人にとっては自分の家の裏山が崩れるか否かは大問題である。そこで,出掛けて行ったりすると,「あいつはなんだ。コンサル的なことばかりしていて。」と批判される次第となる。しかし,地質家にも熱いハートに赤い血が流れていなければならない。なお,住民運動とのかかわりなど論ずべき点も多いが,国土問題研究会の三原則,住民主義・現地主義・総合主義は大いに学ぶ必要があると思う。

4) 災害知識の普及と後継者の養成

 @ 住民に対する普及
 突発的に発生し予知が難しいとされる山崩れでも,冠頂部に亀裂があるなど前兆現象が認められる例も多い。長崎水害の際,災害に関する言い伝えが伝承されてきた集落と,新移住民からなる新興住宅地とで,死傷者数で明暗を分けたという。災害に対する知識の有無が被害の程度に大きく影響しているのは明かである。三陸海岸では「地震があったら津波に用心」ということはかなり浸透しているが,秋田中部地震では生かせなかった。まして,地域性の強い斜面災害ではほとんど何も知らされていない。「忘れた頃にやってきた」災害に驚くことの繰り返しである。その地域の特性と災害とのかかわりや避難方法など正しい知識の普及に努めなければならない。同時に,上から知識を与えるのではなく,住民自身も都市計画や開発計画に計画当初から参画させるなど,住民と共に災害に強い町作りをしていく行政の発想の転換が求められている。
A 学校教育
 この点では学校教育などの役割も大きい。幼小の頃から災害に対する正しい認識を持っておくことは極めて重要である。しかし,例えば,高校などで「環境」や「自然と人間」といった単元にどの程度力点を置いて教育しているであろうか。入学試験に出ないからといって後回しにされ,事実上何も教えていない学校が多いようである。
B 大学教育(主として理学部)と後継者の養成
 かつて「生産と生活の場に立つ地学」ということがスローガンとして掲げられた時代があった。しかし,最近はこうした社会的関心が薄れている。自分たちは何のため誰のため学問をするのかと自問する学生がはたして幾人いるのだろうか。哲学は世界を解釈するのではなく変革するためにあるという。地質学もまた現実社会に貢献するためにある。もちろん,卑近なプラグマチックな意味で言っているのではない。例え純アカデミックな狭いテーマを研究していても,視野はもっと大きく持っていて欲しいと思う。土質工学会編纂の「土質工学入門」という教科書に土質工学の学び方について書かれた章がある。その中の「質問をする」という項に次のような一節がある。「現地調査で,地質関係の人と野山を歩く機会があると,現地でしばしば地質学上の質問をすることにしている。……(中略)……ところが地質の人から土木や土質工学等について質問を受けることはきわめて稀である。個人差もあるだろうが理学部出身と工学部出身のちがいかもしれない。工学に携わる関係上,やむをえず種々の分野への興味が生じるものであるらしい。また必要なことであると思われる。」これはわれわれ地質家に対する痛烈な批判である。解決を迫ってくる生きた現実と常に直面している工学者は否応なしに新しい分野に取り組まなければならない。応用地質業界にいる地質家も同じ立場にある。某社の幹部に近頃の新入社員は学校で教わったことから一歩も出ようとしない,と嘆かれたことがある。最近はチャレンジ精神が失われたとの声も聞く。真の意味でのジオロジカルなセンスと発想が身に付いていないのではないか。どうも人材を供給する大学側の教育に問題があるように思われる。私が見るところ,次のような問題点が指摘できる。
 まず,先に述べた社会的関心の低さがあげられる。学生の自治活動の低迷ぶりに端的に表われている。純アカデミックなことが高尚で,実学は亜流の学問だといった認識が若手の中にある。私たちが学生の頃は鉱山業が盛んで,見学に行くと,日本の資源とエネルギーはわれわれ地質家で支えているのだ,という先輩地質家の自負と息吹に接し,感銘を受けたものである。学問は趣味としてやるのではなく,実社会に貢献するためだ,ということが自然に身に付いた。私の受け持つ応用地質学実験Uでは,建設関連の調査現場や工事現場になるべく多く連れて行き,地質学がいかに社会に役立っているか,実感してもらうことにしている。地学が好きでもないのに偏差値で割りふられて入学してきた学生が増えた現在,学習の動機づけとしても意味があると思う。講義でも災害論など社会科学的観点の話を意識的に取り入れている。もう一つは大学数が多くなり,就職戦線が厳しくなると,地質調査技術の修得(これ自身は非常に大切なことである)といった即戦力のみがセールスポイントとして一面的に強調され,何のために調査するのかという大事な点の教育がおろそかになっているように思う。教員数に比し学生数が多くなったこともあって,学問の原点である「なぜ」を追究し,未知の問題を自身の力で解明したという喜び,すなわち知的break through を経験させる指導が行き届いていない。学問はロマンであって技術ではない。このまま卒業しては,新しい分野にチャレンジする意欲もわいてくるはずがない。また,カリキュラムが旧態依然としており,数学や力学あるいは情報科学のような他分野との共通の言語を修得させる点で立ち遅れている。
 確かに地域性のある災害問題は,ローカルな関心しか引かず,学界の脚光を浴びることもないが,現実に多くの生命が失われており,人の命は地球より重いのである。熱いハートと柔軟な頭を持った新しい地質家の出現を待つこと切である。若手の奮起を乞う。

(1985.6.29稿 『地団研第39回総会シンポジウム資料集』掲載)


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更新日:1997年8月19日