岩松 暉著『地質屋のひとりごと』

明日の地質学をめざして 15


何のために何を記載するか

 地質学は博物学から生まれたためか,ことのほか記載を重視する。確かに,どのような理論も事実に裏打ちされていなければならないから,記載の重要性を強調してもしすぎることはない。しかし,逆に何のために記載するかが,明確に自覚されていなければ,どんな事実に着目して記載してよいかわからない。学生をフィールドに放り出して,「トレーニングだから,あらゆることを記載して来なさい」式の指導をする大学がある。これでは「視れども見えず」になってしまい,礫岩・砂岩・泥岩といった粒度区分しかしてこない。結局,三色旗のような地質図が出来上がる。立見辰雄先生(東大名誉教授)によれば,こういう色を塗って喜んでいるような地質屋をペインターと呼ぶのだそうである。
 佐藤泰夫先生(東大名誉教授)は,「新聞記者が如何に克明に地震のことを報道しても,それは地震学ではない」と,おっしゃった。地震波動のように,観測機器がなければ定量的に記載できないものはさておき,一例として墓石の転倒をあげてみよう。新聞記者は,家屋の倒壊は詳細に報道するが,墓石の転倒などは気にも止めないだろう。よく気のつく人だとしても,転倒したという事実を書くだけである。普通の地質屋なら,転倒した方向を記載するに違いない。しかし,必ずしも倒れた方向が地盤の振動方向と一致するとはかぎらない。一般に墓石の底面は方形だから,その辺の向きに規制されて,転倒方向はばらつくはずである。よく考える地質屋なら,おそらく墓の台座に記録されている元の辺の方向を記載し,転倒方向からその効果を差し引いて考察するだろう。しかし,地震動の加速度はそれだけからはわからない。地震屋なら,その他に墓石の辺の長さ(L)や高さ(H)などを計測してくる。今簡単のため1辺と平行な方向に振動したとすると,加速度はLg/Hより大きい(gは重力の加速度)。ただ,地震屋はその場所の地盤地質にはあまり注意を払わないし,地質を見る目もない。地震の揺れ方は地盤の性質にも大きく左右されるから,墓石の転倒から求めた加速度は,地震そのもの大きさを示すというよりは,地盤特性のよい指示者である。地質を見ないのは片手落ちと言えよう。
 このように,何を求めているのか,どれだけそれに関する知識を持っているかで,目のつけどころが違ってくる。こうした観点がなければ,フィールド重視と言っても,ペインターという単なる職人を養成しているにすぎない。

(1986.5.24 稿)


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更新日:1997年8月19日