岩松 暉著『地質屋のひとりごと』

こどもと教育 8


新型蟻地獄

 鹿児島は自然に恵まれている。50万都市の市内に自然遊歩道が4箇所もある。先日,小学生の息子とその友達を連れてハイキングに行ってきた。平川動物公園から烏帽子岳のコースである。道はデコボコしていたが,アスファルトと違って,感触が暖かい。小鳥のさえずりを楽しみながら,ブラブラ歩く。子供達は,三股の枯れ枝にクモの巣を巻きつけ,即席の虫篭作りに余念がない。
 途中,メジロ取りの小父さんに会う。おとりの篭を木の枝にぶら下げ,じっと待っている。私も子供の頃よくやったものだ。メジロがだんだんおとりに近づいて行く。早く鳥モチを塗った枝に止まらないかと,ワクワクしながら見守ったことが,昨日のように思い出される。メジロはサカキの実が好きだった。熟し柿を与えたら,くちばしを突っ込んだまま抜けなくなって窒息死したことまで思い出した。この小父さん,孫の土産にでもするのだろうか(今ではメジロの捕獲と飼育は県知事の許可が必要)。商売なら悪質な違反である。
 やがて山が深くなり,道も狭くなる。突然,けたたましい爆音。カッコいいライダーウェアに身をつつんだ若者が3人,オフロード用バイクで疾走して行った。自然遊歩道をモトクロス場と勘違いしているのである。気ままに遊んでいた子供達もあわてて,路肩に身を避けた。しばらく排気ガスの臭いが残り,不快だった。私の故郷の新潟では,海岸線の遊歩道やサイクリング道路をバイクで走る者なぞ見たこともないのに,これはどうしたことだろう。
 ようやく頂上の烏帽子岳神社に着く。上半身裸になって,汗ぐっしょりのシャツを木の枝に干し,おにぎりをほおばる。うまい。三重岳では,ラジカセをガンガン鳴らされて不愉快だったが,ここは静かである。漁師のご両親が航海の安全を祈願に来られた由,深々とこうべを垂れお参りしている。セミの声を聞きながら,みんなで昼寝をする。
 帰途ゴミ集めをする。ここは開聞岳などと違って,汚れがひどい。空きカンとビンだけ拾おうと決める。あるはあるは,真新しいのから腐りかけたものまで,道端にゴロゴロしている。カンの中に虫が死んでいる。ジュースの甘い香りに誘われて入ったものの,出られなくなったらしい。まさに最新型蟻地獄。ウスバカゲロウは己の糧を得るために蟻地獄を作る。カン地獄は,ただ殺すだけ。むごい。カンを投げ捨てる人はこのことを知っているのだろうか。
 あまりに多くて持参した袋が足りなくなる。幸い(?) 袋まで捨てていってくれた人がいたので,それらも使って4袋にもなった。子供達はそれを竹の棒に通して,おさるのかごやだ,ホイサッサ,と喜んでいたが,最後のほうではさすがに重くなったらしく,黙々と歩いていた。
 わが家では,登山の後,ゴミ拾いをするのが習慣だから,子供は黙っていても拾い始める。空きカンとガムの紙が多い。グリコ事件の時は,グリコ製品がパタッと無くなり,森永の時は森永が無くなる。世相を反映していて面白い。これは中学生の娘の発見である。どうしてこうも公徳心が無くなったのか,憤りを通り越して悲しくなる。やはり子供の頃からの家庭教育が大切だと思う。どこのお宅でも,わが家のような清掃登山をしてみられたらいかがだろうか。
 最後に,たまったゴミを動物園に持ち込み,「家に持ち帰るには量が多すぎるので,お手数でしょうが捨ててください」と,お願いした。単に「いいですよ」と言うか,悪くすると,「うちのゴミでもないのに,こんな汚いものを持ち込んで」と,顔をしかめられるかと思っていたら,受付の女子職員が,「どうもありがとうございました」と,丁寧に頭をさげてお礼を言ってくださった。この一言で,この日のハイキングは大変すがすがしい気分の良いものになった。

(1986.8.24 稿)


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更新日:1997年8月19日