岩松 暉著『地質屋のひとりごと』

こどもと教育 10


絵本と私

 わが子はすっかり大きくなって,もう絵本年齢ではない。にもかかわらず,私は本屋に立寄ると,自然と足が絵本コーナーに向く。たいてい1・2冊買ってくる。自分が読みたいからである。いい歳をして,どうして絵本なぞ読みたくなるのだろうか。私は子供の頃,絵本を読んでもらった憶えが全然ない。
 私が絵本年齢の頃は太平洋戦争の末期,とても絵本などある時代ではなかった。まして本屋もない台湾の山奥,わが家にあるはずがない。幼児期に求めて得られなかったために,今無性に欲しいのだろうか。しかし,その頃は食料難の時代でもあったが,だからと言って,今美食家ではない。それどころか,レストランで豊富なメニューを出されると,どれを選択してよいかとまどってしまう。飽食に罪悪感すら感じる。
 となると,逆に実は絵本をたくさん読んでもらったのだろうか。記憶に残っていないだけかも知れない。幼時の記憶とは,親兄弟から何度も思い出話を聞かされたり,思い出につながる事物が身近に存在しているために,記憶がくりかえし焼き付けられて定着するものである。しかし,私の母は戦争直後引揚げの苦労で死に,父が再婚したため,台湾の話はタブーとなり,アルバムは深くしまい込まれた。そのため,幼時の記憶はほとんどなく,母の面影すらはっきり思い出せない。
 その中で奇妙に,『安寿と厨子王』の絵本が家にあったことを憶えている。本の背に大日本雄弁会講談社とあった。姉のもので,まだ世の中にゆとりのあった時代に買ったのであろう。他に絵本があったかどうかわからないが,母を亡くした痛切な体験が,この本の主人公と自分を重ね合わせ,強烈な印象となって残ったらしい。母を慕う厨子王の気持が痛いほどわかった。佐渡に渡れば,もしかすると,盲目の母に会えるかも知れないなどと夢見た。  当時,父は戦争に行っていていなかったから,母の膝に抱かれて読んでもらったのであろう。妻が添寝をしながら,子供に絵本を読んでやっている姿を見て,遥か昔の記憶が懐かしく思い出されるような気がしたことがある。思うに,私にとって絵本とは,ほのかな母の追憶であり,母の愛そのものである。読書好きの人は恐らくみんなこうした絵本体験があるのではないだろうか。テレビには,父のあぐらの安心感,母の膝のぬくもりがない。これからの子供たちにも,心をこめて絵本を読んであげて欲しい。

(1986.9.25 稿)


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更新日:1997年8月19日