岩松 暉著『地質屋のひとりごと』

地質屋のひとりごと 5


軟弱おこし

 浅草名物に雷おこしという菓子がある。堅くて歯が欠けそうな代物である。久しぶりに東京のお客から土産にもらった。柔らかくてフニャフニャだった。さては人からのもらい物を横流ししたに違いない。古くなって湿気ている。ところが,「これは生おこしです。決して湿気たのではありません。」と注釈が付いていた。京都の八橋が生やつはしになったのは知っていたが,雷おこしが軟弱おこしになったとは。雷親父の権威がなくなったのも無理はない。
 子供たちがスナック菓子ばかり食べるようになり,歯並びが悪くなって咀嚼筋が退化したのが背景にあるという。スルメやたくあんなど歯ごたえのあるものを食べなくなったからだ。しかし,顎の筋肉だけでなく,人間自身もやわになったのではないだろうか。歯ごたえのある人物がいなくなった。
 翌日,今度はある会社の重役さんがリクルートにやって来た。曰く,「高度成長期に入社した社員は瓦です。鉄だって一生懸命磨けば多少は光ります。しかし,瓦はいくら磨いても全然ダメです。地方の大学には玉の原石がいるのではないかと思ってやってきました。」「ウーン,世はバブル(泡)景気,瓦どころか粟おこししかいませんよ。」と苦笑するしかなかった。確かに高度成長期は就職戦線も売手市場で誰でも採ってくれたが,それでもまだ成長神話があった。努力すれば報われるとの確信が持てた。『巨人の星』のような根性ものマンガが流行った時代である。しかし,今はもっと超売手市場,3月ぎりぎりになっても大企業に就職できる。飽食の時代でハングリーではないし,「努力」なんて死語である。世の中だってマネーゲームで浮かれているだけではないか。骨太の人間なんか育つはずがない。
 昨年(1990年)夏,今年のフィールド調査は九州山地,沢登りをするから地下足袋を履いてこい,と宣言した。地下足袋も知らない学生もいたが,ともかく出かけた。毎日,枕状熔岩を追跡して枝沢を詰める。熔岩は硬いから滝を作るケースが多い。結局,毎日滝登りである。最初はテクニックの勝利でこちらが強いが,2・3日もすると体力の差が出てくるのが普通のはず。ところが1週間経っても彼等が先にバテた。これでフィールドが病みつきになるのと徹底的に嫌いになるのと両方出るだろう。さあ吉と出るか凶と出るか…。発表会直前,退学者が1名出た。野外科学にとってフィールドは生命,やむを得まい。ヤレヤレ。

(1991.3.3 稿)


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更新日:1997年8月19日