岩松 暉著『地質屋のひとりごと』

地質屋のひとりごと 4


ホモ・モビリス

 私の住む官舎の真下が人事課長宅,今日も留守とて部下からのお歳暮を預った。明春の人事異動をにらんでのゴマスリであろう。その課長もそろそろ2年,4月の転勤は間違いあるまい。2・3年での転勤は,あまりに頻繁で気の毒である。中央省庁のエリート官僚は,全国を股にかけて異動して歩く。なぜそうした人事政策をとるのか聞いてみた。一箇所に長くいると,その人物はどうしても視野が狭くなって大成しないからとのことであった。もちろん,マンネリになって進歩しなくなるというのも理由の一つであろう。
 同じような理由で,民間でも転勤をさせる。最近「民活」なる語をしばしば耳にするが,活力を維持する一つの要因だという。私が鹿大に転勤するとき,民間会社育ちの父は,「どこからもお声のかからない奴は,使い物にならない奴だ。ぜひ行け」と勧めてくれた。各支店から引っ張りだこになる人と,どこからも引取り手のない人がある,お前は後者のような人間になるな,とのことであった。
 アメリカでは,ヘッドハンターなる職業がある。優秀な人材を引っこ抜いて他の企業に斡旋するのである。こうしていくつもの企業を渡り歩いた人は,尊敬されている。Homo mobilis といって,普通のヒト Homo sapiens と違う優秀な人種なのだという。最近では日本でもこうしたヘッドハンターが職業として成り立つようになったらしい。トラバーユなる言葉も市民権を得てきた。昔は,転職というと,根気のない浮気な人で何をやらしても勤まらない,嫁にはやるな,などと言われたものだ。隔世の感がある。
 ところで,大学人だけがこうした人事異動の埒外にある。学問の自由を保障するために,教育公務員特例法で守られているからである。確かに文部省の一存で左遷したりされてはかなわない。しかし,学問の自由なる美名の下に,学問をしない自由を享受している人がいかに多いことか。中央の大学は情報も多く刺激があるし,それだけのレベルを保たなければとの自負もある。一方片田舎では,のんびりと昔学校で教わった通りのことを十年一日のごとく繰り返している人種がいる。世の中から取り残されていることに全く気がつかないのだ。ルーチンの仕事を立派な研究と勘違いして威張る裸の王様である。初めて教職に就いてから名誉教授までじっと同じ大学に居座り続けている“お声のかからなかった”手合いに多い。人事交流の推進が望まれる。

(1990.12.27 稿)


ページ先頭|地質屋のひとりごともくじへ戻る
連絡先:iwamatsu@sci.kagoshima-u.ac.jp
更新日:1997年8月19日