国立大学地球科学系学科の改組の動きと応用地質学における後継者養成

 岩松 暉(『応用地質』33巻4号,220-226,1992)


1.はじめに

 筆者は,前報1)で専門を生かす職場に就職する大学地学科卒業生が少なくなった事情を紹介し,その原因について,大学地学教育の内容・学生気質・民間企業の労働条件に分けてそれぞれの問題点を指摘した。その後大学はわれわれの期待する方向とはますます離れつつあるように見受けられる。そうなった背景と現状を簡単に紹介した後,現時点で大学および業界の進むべき方途は何か考察してみたい。
 1989年3月文部省測地学審議会は「地球科学の推進について―地球科学の現状と将来―」と題する建議を行った。同委員26名中地質学関係者は,職名委員として井上地質調査所所長(当時)と佐藤海上保安庁水路部長のお二人だけである。建議は,冒頭1981年7月に同審議会が取りまとめた「地球物理科学の展望と課題」について触れているように,これを下敷きにしたもので,主として地球物理系のビッグプロジェクト推進をうたっており,地質学は全くの添え物的扱いである。重要推進課題としては,@太陽地球系エネルギー国際協同研究計画,A惑星探査,惑星の起源・進化研究,B気候システム研究,C固体地球ダイナミクス研究,D地球圏―生物圏国際協同研究計画の五つを挙げている。これらが地球物理科学の重要研究課題であることに全く異存はないが,こうした分野だけがあたかも地質学を含む地球科学全体の重点課題であるかのように見なされているところに問題がある。
 この建議を受けて,翌1990年5月国立10大学理学部長会議(旧7帝大と筑波大・広島大・東工大)は「理学部の地球惑星科学関連分野の充実について」と題する提言を行った。10人の理学部長の中には,地質鉱物関係では針谷(北大)・久城(東大)・諏訪(名大)の3氏がおられる。内容は,惑星が天文学の対象から実際に地球科学的手段によって調べることが可能な天体になったとして,地球と惑星を同一視座においた研究の重要性を訴え,学科改組や新設の動きを紹介してその推進を要望している。純アカデミックな研究だけでなく社会的要請についても触れているものの,いわゆるグローバルな環境問題が主で,当然のことながら地質学が日々実社会で貢献している今日的課題については全く関心が払われていない。

2.旧制大学を中心とする最近の改組の動き

 折しも今年1992年は18歳人口が最高に達した年で(図-1),第二次ベビーブームに際し学生臨時増募を行った見返りとして学生5人に1人の割合でついた臨時教員ポストを返還しなければならない時期にさしかかっていた。既に雇用した教員を解雇しないためには,講座増によって吸収するしか道はない。講座増には学生定員の10人増が自動的に付随する。したがって,受験戦争緩和の大義名分もあり,臨時措置にせよ一旦増やしたものを手放したくないのは当然であるから,文部省はこれには比較的好意的であった。今まで公務員の定員削減と各県1医大政策のあおりをくらって長らく抑制されていた拡張が実現できる絶好のチャンスである。各大学競って新規講座増を概算要求にのせた。
図-1 高等教育進学者の推移[学校基本調査報告書より作成]

 一方,測地学審議会は単なる普通の諮問機関と違って,総理大臣はじめ他省庁の大臣にまで勧告権を持つ重みのある機関であり,10大学もわが国の大学をリードする主要な大学である。当然その意向は文部行政に反映される。この方向に沿った概算要求が通りやすいことは火を見るより明きらかである。実際に実現した講座増を見ると,いわく地球惑星内部物理学・地球惑星進化学・地球惑星内部構造学・地球環境学・宇宙進化学等々……,見事というしかない(表-1)。提言からわずか2年,すでに惑星の名を冠した教室が,東大・東工大・名大・阪大・広島大・九大と10大学の過半数に設けられた。
 全国の大学教員の多くはこれら10大学が養成しているから,こうした地球惑星への流れの転換がこれから育つ若い教員の質に大きな影響を与えることは必至である。少なくともフィールドサイエンスとしての地質学に興味と関心を抱く若者が減少することは予想に難くない。まして応用地質学など実学方面を志す人は出そうにない。長期的に見ると,応用地質学の後継者養成にとってゆゆしい問題となろう。もちろん,教員の問題だけでなく,応用地質学の先端研究を推進するところがないという点でより本質的な障害となるに違いない。
 このような改組は現在も進行中であるが,現時点での実情を表-1および図-2に示す。公立大・私大も含めて204講座のうち,従来の地質学鉱物学関係講座の占める割合は約6割に減少し,学生定員は1988年の1,052名から1,372名と大幅に増加した。その大部分は旧制博士大学院大学(10大学と大阪市立大)の地球物理系の増加で(図-3),地質鉱物系は全体で約780名,100名の増である。なお,この学生数は各大学ごとに全講座数に占める地質鉱物関係の講座構成比を学生定員に乗じて機械的に推定した。
図-2 地球科学系教室講座名称の割合

図-3 地球科学系学科の入学定員[上:1988年,下:1992年]

3.地方大学の対応

 このように地質学とくに応用地質学にとって旧制10大学はあまり頼みとならない存在になりつつある。また,地質家の養成にとって公立大と私大の占める比重は元々小さく,圧倒的多数は国立大学に依存しているから(図-3,4),あとは地方新制大学を当てにするしかない。
 しかし,地方大学とて国立大学,拡充したいなら文部省の意向を無視する訳にはいかない。地球惑星の方向に迎合してミニ東大をめざす動きが雪崩をうって起きるであろう。いや,それ以前に18歳人口の激減期を迎え(図-1),生き残りをかけた改革が求められている。サバイバル時代は始まったのである。
 そうした中で,東大など一部の旧制大学では理学院構想など大学院大学化の動きが進んでいる。学部教授会を廃し,大学院を基礎組織とする大学である。従来大学院の学生定員は1講座2名であったが,今後は5名になるという。学部入試と違って定員通り採る必要はなく,一定のレベルに達していなかったら,1講座1名でもゼロでもよかった。しかし,今度は基礎組織であるから従来の学部入試同様必ず5名の定員を満たさなければならない。2.5倍どころか,実質数倍になる。10大学が全部このような大学院大学に移行したら,元々進学希望者の少ない地学系では,新制大学の大学院など不要になってしまう。
 為政者の狙いは明白である。戦後,日本は欧米のパテントを買ってきて軽薄短小に加工し,輸出によって世界の経済大国になった。その過程で新制大学の果たした役割は非常に大きなものがあった。諸外国に比し格段に優れた技術陣を輩出したからである。この厚い優秀な労働力に支えられてトップの座に躍り出たが,これからは「基礎研究ただ乗り」という訳にはいかない。独創的な研究開発が求められてくる。大学院大学の大幅拡充はその布石である。しかし,ロボットの普及など産業構造のME化に伴い,製造部門の比重は相対的に低下している。従来のような中堅技術者はそれほど大量には要らない。現に理工系の大卒とはいってもセールスエンジニアとして営業に回される者が増えている。顧客筋を回って,売った機械のメンテナンスに当たるだけである。
 こうなると18歳人口の減少期でもあり,大学数はある程度整理する必要がある。しかし,私学を経営する文教族もおられるし,私学振興は文部省の柱の一つである。私大のいくつかは淘汰されるであろうが,そんなに多くつぶす訳にはいかない。一方,高齢化社会の到来で高学歴のお年寄りが増え,公民館の俳句講座や郷土史講座では満足できない層が増えている。幸い各県に一つは国立大学がある。これを活用して,第三セクターのカルチャーセンターとし,夜間大学院などを設けてこれらの要望に応えれば一石二鳥というものだ。
 もちろん,ここまでドラスチックに実行するかどうかわからない。しかし,客観情勢はまさにその通りであるから,全部の地方大学とはいわないものの,大幅定員割れの大学からまずやり玉にあがるのは目に見えている。現に,受験生の国立離れの風潮もあって,ほとんど全入に近い学部学科も現れており,学生のレベル低下は著しく,実質的に既にカルチャーセンターになっているところもある。
 そこで,大学側としてはなりふりかまわぬ涙ぐましい対応が迫られる。今までお高くとまっていた国立大学が,こぎれいなパンフレットを高校に配布して受験生を勧誘するなど数年前から行われている。また,博士課程のある大学院大学はお家安泰と目されているから,他に先駆けて博士課程を設置し,ランクを上げることに必死である。この過程で当然先の文部省の意向が影響力を発揮する。地球惑星的な方向へ自ら舵取りしていく大学が続出するに違いない。

4.地方大学の生き残る道

 しかし,地球惑星科学の専門家は世の中でそんなに大量には要らない。専門を生かせる職場は数少ないし,研究職でも旧制10大学の博士課程修了者でさえ有り余る。そうなると地方大学には発展途上国留学生の教育機関としての役割が残されている。しかし,途上国では「衣食足りて礼節を知る」の言葉通り,産業を興し国を豊かにすることが先決で,そのための人材養成のほうが急務である。たとえ大学教授や研究者養成まで手が回るとしても,トップエリートは欧米に留学させ,2番手は東大など10大学に送り込むのが普通である。地方大学には行政マンや企業のチーフエンジニアの教育が求められているといえよう。したがって,こちらの用意するカリキュラムもミニ東大版ではなく,実学に重点をおいたものが必要になる。地球科学について例示すれば,資源地質学(鉱床学)・土木地質学・環境地質学(水文地質学を含む)などや,地震学・火山学などの防災関連科学であろう。
 日本人の学生にとっても同様である。今日地質学を支えているインフラストラクチャーは土木建設資源関連産業であり,これらは慢性的な人手不足に悩んでいる。今後もジオフロントなど大規模開発だけでなく,環境保全や国土保全(防災)といった社会資本の充実に関連した需要が見込まれており,人材育成が求められている。10大学が純アカデミックな面を担うのなら,地方大学はこれらの社会的要請に真正面から応えるべきであろう。
 その点で,アメリカの経験が参考になる。1970年代は「大学淘汰時代」と呼ばれる高等教育にとって厳しい冬の時代であった。この時弱小大学の危機を見事に乗り切ってめざましい成功を収めた例として,有名なブラッドフォード・プランが挙げられる。小さなリベラルアーツ・カレッジであるブラッドフォード大学の40歳代の若き学長A. Levine博士が提唱した「実学のための教養教育」practical liberal arts educationという,一般教養と実学との調和的結合をめざすカリキュラム構想のことである。これを教授団全体が意欲的に実践した結果,ブラッドフォード大学は経営的にも安定し,大学評価のランキングも大幅に上昇した。彼は言う「肝心なのはどんな大学にするのかというアイデアだ」。大学関係者の危機意識が危機を救ったのである2)。
 わが国でもこの教訓に大いに学んで欲しいと切望するが,現実には地方大学が自ら実学中心に改組するとはとても思えない。教員はアカデミズムの中で育ち,実学には無理解な人が多いからである。現に応用地質学講座を名乗るところでも,実際は時に応じて古生物学者や地球化学者を教授に据えるなど,流用に便利な空きポストくらいにしか考えていない大学もある。しかも前述のような厳しい客観情勢について危機感を感じている人は少ない。旧制大学も地方大学も当てにできないとなると,応用地質の後継者養成は前途多難である。

5.学生の質

 もう一つゆゆしい問題は学生の質である。30年前は同世代の8%程度しか4年制大学に行かなかったが,現在では25.5%に達している(図-1)。ちなみに国立大学の定員は30年前で4.6万人,現在は10.2万人である(図-4)。しかも,最近授業料が急速に高くなって国立のメリットが失われたため,受験科目の多い国立は敬遠され,受験生の国立離れが一段と進んでいる。その上地学系は今回の大幅定員増で一層“広き門”になった。地質家の養成は国立中心で行われてきたから,この問題は大きい。つまり,地質学を志した者は30年前には2〜3万番以内であったが,今ではその10倍20〜30万番目くらいまでの学生が入ってくる。それもいわゆる“輪切り現象”で大学ごとにそれぞれ同じようなレベルの学生が横並び一線となり,飛び抜けたのがあまりいなくなった。偏差値が世の中の全てではないが,ある程度知識がないと,知的好奇心すらわかないのも事実である。例えば,通勤時毎日露頭の前を通っても,普通の人にとっては単なる崖でしかないが,地質学の知識があればそこからいろいろな情報を引き出すことができるし,新たな疑問もわいてきてもっと勉強する気になる。人間の能力は五十歩百歩,その能力をいかに引き出すかが教育者の腕の見せどころとか,偏差値秀才・暗記秀才などよりやる気のある意欲的な学生が欲しいなどとカッコイイことを言えたのは,古き良き時代のことである。もちろん,30年前と同じ割合で優秀な学生が存在するのは確率論からいって当然である。しかし,彼らが全体の雰囲気をリードするのではなく,逆に大多数に引きずられ「赤信号みんなで渡れば恐くない」とばかり,「よく遊び,よく遊べ」を実践してしまうところに問題がある。
図-4 4年制大学進学者の推移

 その上困ったことに,地学科を志望する学生に高校文科系出身者が増えている。現在高校理科では,1年次に全員「理科T」が必修となっている。物理・化学・生物・地学の基礎的な部分を総花的に盛り込んだいわば総合理科の科目である。高校3年のうちあと2年しか残っていないから,理系は物理・化学を選択し,文系は生物・地学を選択する例が多い。理系の生徒にとっては,物理・化学を履修していれば,理・工・農・医・薬など全理系学部を自由に選択できるからである。しかも大学入試センター試験では物理と同じ時間帯に地学の試験があるから,事実上地学で受験する者は文科系だけとなる。第1志望法文学部,第2志望理学部地学科などという組み合わせが出現する。したがって,「恐竜は中生代に栄えた」などと暗記するのが地学だ,とのイメージしか持たない者が入学してくる。もちろん,微積分も力学もできない。これは力学が不可欠な応用地質学にとっては大変痛い。入学後,教養部で数学・物理を履修するようガイダンスするが,高校時代に教わらなかった科目はとても恐ろしくて取れないという。もちろん,必修にする手はあるが,留年激増は間違いない。
 学生気質の変化については前報で述べたので省略するが,ますますフィールド嫌いが増えている。また,地質調査が当然視されていた時代と異なり,同じ学科の中で地球物理系の比重が増すと,教員気質も変わってくる。地質調査の意義が理解できない教員が多くなれば,何であんなつまらない3Kを強制するのかとの疑問も出る。たとえ口に出さなくても,教員が心に思っているだけで,それは見事に学生に伝わる。やる気がしなくなるのは当然である。その上,前述のように学生数が大幅に増え,1学年40名ともなれば小中学校なみかそれ以上である。全学年集めて新入生歓迎コンパをやろうにも会場がない。結婚式場でも借りなければできないという笑えない現実がある。マンツーマンのフィールド指導など事実上無理になった。実際多くの大学で本格的な野外実習やフィールドに基礎を置く卒論をカリキュラムから廃止するところが出てきている。しかも,冒頭述べたようにフィールド指導のできる若い教員が少なくなったから,今後この傾向は一層拍車がかけられるに違いない。このように学生自身に責任のないところでも,卒業していく学生の質が変わらざるを得ない。こうした青年に21世紀における応用地質の技術革新を託さなければならないのである。

6.業界立研究所・研修センター設立の提言

 大学が頼りにならないとなると,民間で独自に対応せざるを得ない。サイト・スペシャルズ・フォーラム(理事長=内田明大教授)では,「職人大学」を開き,ドイツのマイスター制度のようなものの導入を目指すという。建設コンサルタントの中でも,中国や韓国の大学と提携して卒業生の採用を企てているところもある。日本人の若者が額に汗することを厭うのなら,外国人労働者に頼ろうという訳である。途上国の学生は使命感に燃えているし,エリートが進学しているから,大変優秀だという。
 しかし,単純労働者だけでなく,エンジニアまで外国に頼ってよいものだろうか。外国企業の土木建設工事への参入も経済摩擦の一つになっているが,やはり日本の国土に合った開発を行うためには,日本人地質家の活躍が欠かせないと思う。確かに地質調査業は自然を相手としている以上,ある程度3Kであることは避けられない。しかし,3Kといえば,医者など3Kそのものである。風邪でも休診できず,長時間手術・深夜勤務など当たり前の過酷なキツイ肉体労働で,しかも血だらけのキタナイものに接することが多く,院内感染などのキケンもある。しかし,優秀な学生が医学部に志望する例が多いのは,人の命を救うとの大義と生きがいがあり,社会的地位と高収入が約束されているからである。やはり,地質調査業の社会的ステータスがもっと高くならなければ,地質学科(地学科)に優秀な学生が集まらないであろう。アメリカのMoney Magazine誌1992年2月号によれば,100の職業のうち,給与・名声・労働条件・安全性など七つの要素に基づいて人気投票を行ったところ,医者を押さえてbiologistsとgeologistsがトップだったという。日本でも早くこうなりたいものである。  そのためには,医師会のような強力な圧力団体を作り族議員を出して政治的発言力を増すのも一法かも知れないが,根本的には土木家に「地質学は有効な武器だ」と言わせしむることが第一であろう。すなわち,技術革新を不断に行い,新技術を開発していくことが一番求められている。各社に技術研究所などがあり,それぞれ成果を挙げておられるが,残念ながら地質調査業は中小企業が多く,ゼネコンの大きな研究所に比べたら格段の差がある。かつて日本の大手電子機器メーカーは超LSIの研究組合を作り,ICで国際制覇をする基礎を作ったという。地質調査業界でも,全国地質調査業協会連合会や建設コンサルタンツ協会などが一体となって企業の枠を超えた業界立地質工学総合研究所(仮称)を作ることが求められているのではないだろうか。ここに各社から優秀な人材を集中し,研究成果は各社で自由に使えるようにするのである。
 文部省が大学とは独立した学位授与機関の創設を決めたこともあり,これとタイアップしてここで応用地質学や地質工学の博士を養成するのももう一つの役割であろう。従来守秘義務や企業秘密の壁のためなかなか研究成果を公表できず,いわば各社どんぐりの背くらべのような状況にあった。博士号取得は論文発表が前提となるから,成果をオープンに発表する風潮が出てくれば,他者の業績の上に積み重ねを行うことができて,応用地質学の飛躍的な発展と技術革新がはかられるに違いない。
 また,地盤情報データバンクとしての機能も果たして欲しい。現在,ボーリングだけで毎年15〜16万本実施されているという。しかも物理探査やトレンチなども併用され,格段に精度の高い地質調査が行われている。ハンマー一丁で行う研究者の手工業的調査とは質的に違うのである。しかし,残念ながら守秘義務の壁に阻まれ,一般には陽の目を見ないものが大部分で,数年すると廃棄される例も多い。誠にもったいない。これが表に出れば,日本の地質学の発展にとってどれほど役立つか計り知れない。最近は建設省・国土庁など各省庁で地盤情報データベースの構築が計画され一部実施されている。しかし,フォーマットが役所によってまちまちで,しかも地質関係者がタッチしない状態で制定されたものもあり,必ずしも地質家にとって使いやすいものではない。この研究所が中心となって,使いやすいフォーマットを制定すると共に,ファクトデータ収集のセンターとしての役割を果たして欲しいものである。今年から気象庁が気象データの公開を行うことになった。情報化時代,地盤情報もいずれ比較的自由に公開される日が来るであろう。
 さらに,これに研修センターを付置して,入社数年後の中堅社員の再教育に当てたり,発展途上国の留学生の教育にも当たったらどうであろうか。一考を促したい。

7.おわりに

 筆者も大学教員の一員である。やはり大学が変わって欲しいと念願している。業界立研究所が成果を挙げたにしても,学術と教育の中心が大学であることに変わりはないからである。前述の提案のように地方大学だけでなく,中央の旧制大学も応用地質学に力を注いでもらいたいと思う。近代地質学が産業革命期に誕生した例を持ち出すまでもなく,学問が急速に発展するときは,社会的要請とぴったりマッチしたときである。近年宇宙科学が脚光を浴びるようになったのも,ロケットが軍事や国威発揚に使われていた時代から,資源探査衛星や放送衛星・気象衛星など宇宙産業が産業として成立するようになったからである。その点で地球惑星科学の方向も大いに推進しなければならないが,同時に地面のことも忘れてもらっては困るのである。地球環境にしても,例えば温暖化の場合,机上で論じている段階から砂漠の緑化など具体的な解決策を実行する段階になったら,環境地質学はじめ地質学がすぐ必要になる。それ以前に,わが日本の国内でも地質学が解決しなければならない問題が山積しているのである。大学がこうした問題から目を外らすことなく,真正面から取り組んで欲しいと思う。社会的ニーズと真剣に格闘する中から地質学の再生がはかられ,優秀な学生も集まるであろう。
 蛇足ながら筆者は地球物理を敵視している訳ではない。応用地質学は地球物理的手法も大いに取り入れ,総合的な応用地球科学へと発展すべきだと考えている。

表-1 理系学部地球科学系教室講座名称一覧(1992年現在)
教 室 名講座1講座2講座3講座4講座5講座6講座7講座8講座9講座10講座11講座12
北海道大学理学部地質学鉱物学教室岩石学層位学鉱床学鉱物学燃料地質学一般教養地学
北海道大学理学部地球物理学教室陸水学地震学及火山学気象学応用地球物理学海洋物理学
弘前大学理学部地球科学教室地球力学地震学地質学環境地学
東北大学理学部地圏環境科学教室地殻進化学生物系統進化学古生物学人間環境地理学自然環境地理学
東北大学理学部地球物質科学教室鉱物学岩石学金属鉱床学石油鉱床学
東北大学理学部宇宙地球物理学教室地震学地球電磁気学気象学海洋物理学基礎地球物理学惑星大気物理学電波天文学
秋田大学鉱山学部資源・素材工学教室応用地質学金属鉱床学燃料鉱床学物理探査学
山形大学理学部地球科学教室岩石鉱物学地殻進化学 応用地学物理地学
茨城大学理学部地球科学教室固体地球化学地質学惑星地球物理学岩石鉱物学宇宙科学
筑波大学地球科学系地史学古生物学地層学構造地質学岩石学鉱物学鉱床学人文地理学地誌学地形学気候学気象学水文学
千葉大学理学部地学教室地質学鉱物学応用地学地球物理学地球環境学
東京大学理学部地質学教室岩石学構造地質学鉱床学古生物学堆積学
東京大学理学部鉱物学教室結晶学鉱物学
東京大学理学部地球惑星科学教室惑星科学地震学海洋学地球内部物理学気象学
東京工業大学理学部地球・惑星科学教室地球惑星内部構造学地球テクトニクス惑星内部物性学惑星間空間物理学太陽系物理学
新潟大学理学部地質鉱物学教室地質学鉱物学岩石鉱物学応用地質学
富山大学理学部地球科学教室地殻構造学地殻進化学陸水学雪氷学
金沢大学理学部地学教室鉱物学地殻化学地質学物理地学環境地学
信州大学理学部地質学教室第四紀学構造地質学層位学地球化学物質循環学
静岡大学理学部地球科学教室地殻進化学海洋地質学地殻化学地殻物理学地球環境学
名古屋大学理学部地球科学教室構造地質学岩石学鉱物学地球化学地球物理学地史学地震学
京都大学理学部地質学鉱物学教室物理地質学地層学地史学鉱物学岩石学
京都大学理学部地球物理学教室気象学地球電磁気学地殻物理学海洋物理学応用地球物理学
大阪大学理学部宇宙・地球科学教室基礎宇宙学基礎自然物質学宇宙進化学地球物性学地球構造学極限生物学
神戸大学理学部地球科学教室岩石鉱物学地球物理学地質学海洋科学地球化学太陽系物理学惑星科学
島根大学理学部地質学教室岩石鉱物学地史学資源地質学構造地質学一般教育地学
岡山大学理学部地学教室鉱物学地質学地球物理学地球化学
広島大学理学部地球惑星システム学教室地史学岩石学鉱物学鉱床学地球物理学?
広島大学総合科学部自然環境研究室地学地理学生態学化学
山口大学理学部地質学鉱物学教室鉱物学地史学岩石学鉱床学
愛媛大学理学部地球科学教室地質学鉱物学地球化学資源探査学
高知大学理学部地学教室層位学古生物学岩石学鉱物学海洋地質学資源地学一般教育等環境防災学?
九州大学理学部地球惑星科学教室海洋底地球科学岩石循環反応科学地球惑星物質科学生物圏進化学有機地球科学希元素地球化学地殻構造科学地球惑星進化学地球惑星力学地球惑星流体力学大気物理学地球惑星電磁圏物理学
熊本大学理学部地学教室岩石学鉱物学地質学古生物学鉱床学物理地学地球環境システム学
鹿児島大学理学部地学教室岩石及鉱物学地質及古生物学応用地質学地球物理学火山学
琉球大学理学部海洋学教室堆積学地殻学海洋環境学珊瑚礁学海洋生物学
大阪市立大学理学部地学教室物理地学鉱物学層序地質学応用地質学構造地質学表層構造地質学
東海大学海洋学部海洋資源学教室海洋地質系海底資源系海洋物理探査系海底資源開発機器系
日本大学文理学部応用地学教室岩石学鉱物学構造地質学地球電磁気学測地学地形学陸水学

参考文献

  1. 岩松 暉(1991):大学地学教育と地質調査業, 応用地質, 32(4), 184-187.
  2. 喜多村和之(1990):大学淘汰の時代, 中公新書, 194p.

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連絡先:iwamatsu@sci.kagoshima-u.ac.jp
更新日:1997年8月19日