カモノハシ

応用地質巻頭言用準備原稿(ボツ)


 昨年(2000年)メルボルンで開かれたGeoEng2000のシンボルマークはオーストラリアにちなんでカモノハシだった(右図).カモノハシは卵生哺乳類でくちばしがあり,水陸両用の何でも屋である.直接的には,応用地質学会・地盤工学会・岩の力学連合会で学会ユニオンを作ろうという狙いを意図したものであろうが,応用地質学の将来を暗示しているようで興味深かった.
 20世紀は分析哲学全盛の時代,学問は対象を要素に分け深く鋭く追究することによって発展してきた.われわれに関わりの深い地質学や土木工学にもさまざまな分科が誕生した.応用地質学もその一つである.しかし,学問の極端な細分化は必然的に視野狭さく症を招き弊害が出てきた.自然も社会もシームレスの織物に喩えられる有機体である.相互に複雑に連関している.したがって,一面的な最適適応は,いかに効率的に見えても,思わぬところでしっぺ返しをうけることがある.戦後寄生虫を徹底的に駆除したために,今のようにアトピーやアレルギーが増えたのだという.水害防止のためには直線水路で一刻も早く海へ排水したほうがよい.しかし,コンクリート三面張りは自然の浄化力を失わせ,磯焼けを引き起こして魚や海草にとって打撃となる.資本主義も社会主義も富とパンを求めて,共に生産力を上げることに狂奔してきた.その結果,地球環境にまで影響を与え,人類生存の危機が叫ばれる事態を招来した.いずれも動機は善意ではあったし,一面の真理があったことも間違いないが,長期的全面的に物事を洞察する叡知に欠けていたのである.
 また,科学技術者が専門の枠に閉じこもり,人間の視点を忘れたことも看過できない.赤ひげ先生は今は昔,今では「手術は成功したが患者は死んだ」という話も聞かれる.これでは臓器の修理屋にすぎない.災害のメカニズムしか興味のない被災者不在の災害科学も存在する.被災者数のグラフを出しても,グラフ上の点一つ一つに尊い命と遺族の悲しみ,その後の生活苦と絶望が,無数のドラマが隠されていることに思い至らないのである.最近は技術者の倫理を問われる事件も多い.大学の教養部廃止がこの風潮を助長しないか危惧される.
 こうした反省に立って,今世紀は総合化の時代だという.カモノハシである.地質学も地球科学・工学等すべてを総動員するmulti-disciplinaryな総合科学になる必要がある.進化の絶頂にある生物から次の生物は生まれないとか,一見原始的なカモノハシから次代の学問が育つかも知れない.地質学も懐を広げることによってこそ,学問としても大きく飛躍できるだろうし,目前の地球環境問題の解決に資することができるであろう.教育面でも,フィールドワークが出来て,数学・物理や情報科学にも強く,かつ広い社会的視野とエンジニアリングのセンスも合わせ持った地質屋を育てなければならない.大学の抜本的なカリキュラム改変が求められる.問題はエンジニアリング分野を教えることのできる教員の登用であろう.産学官の人事交流が求められている.
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更新日:2001年4月24日