JABEEと日本の地質学

岩松 暉 (日本応用地質学会九州支部会誌「GET九州」第22号論説)


1.国際化

 グローバリゼーションの妖怪が世界中を徘徊している。一方は言わずと知れた弱肉強食のアメリカ流カウボーイ資本主義であり、国際企業合併やヘッジファンドなど、多国籍企業化の流れである。IT革命などもこれに入るだろう。ガンさばきがうまく、1秒でも早く撃ったほうしか生き残れない。もう一方は、あまり注目されていないが、静かに着実に進行しているのが、ISOに代表されるヨーロッパ流のしたたかな流れである。ISOなどはスイスにある民間組織であって国家機関ではないと侮っているうちに、日本の国家規格であるJISネジはいつの間にかISOネジに取って代わり、テレビの天気予報もヘクトパスカルに変わった。学校教育もSI単位に統一され、子供たちは既にcgs単位系を知らない。建設業などでISO9000s取得が事実上強制され、製造業ではISO14000s(いわゆる環境ISO)を取得していない工場の製品は輸出できない状態になっている。地質図に使う記号や模様までISO710で事細かに規定されており、やがてわが国の大学教育にも波及してこよう。
 さて、技術者の世界も例外ではない。上記第二の流れが押し寄せてきた。技術者資格の国際相互承認である。もちろん、WTOのサービス貿易の自由化に端を発しているから、上記二つの流れが相互に密接に関わっている。モノの貿易自由化には関税障壁の撤廃が、サービス貿易の自由化にはヒトの自由な移動が必要である。当然のことながら、ビザなし渡航で済むような単純な話ではない。例えば、日本人技術者がアメリカに行った場合、技術士であってもアメリカのPE(Professional Engineer)を持っていないと仕事ができないようでは困る。やはり世界共通の資格が欲しい。
 そうした声に応えて登場したのが、ワシントン協定であり、APECエンジニアである。さらには、それらを統合するインターナショナルエンジニア設立の協議も始まっている(1997 Engineer Mobility Forum)。わが国においても、昨2000年11月にはAPECエンジニアの登録受付が開始された。これに伴い、技術士法が改正され、資格取得後の研鑽が責務として明文化された。すなわち、継続教育(CPD:Continuing Professional Development)である。やがて後述のJABEEに対応して修習技術士も新設されるであろう。JABEE認定課程の修了者は自動的に「修習技術士」になり、その後経験4年で技術士受験資格が与えられる。

2.JABEE

 わが国の技術士は、中卒であろうと高卒であろうと、実力があれば誰でも取得できる。世界に誇ってもよい優れた制度だと思う。しかし、ブルーカラーとホワイトカラーを厳密に分けるお国柄のアングロサクソンたちは、中卒でも取れる資格はレベルが低いと考えるらしい。そこで、国際技術者資格では学歴要件が必須として入ってきた。「認定(accredited)または承認(recognized)されたエンジニアリング課程の修了者」というのが第一要件になったのである。したがって、今後は認定された学科を卒業しない限り、技術者への道は閉ざされることになり、就職戦線へ大きな影響を与えるであろう。工業高校の将来にとっても暗雲である。もちろん、過渡的措置としては、非認定学科の卒業生でも修習技術士の受験は可能となっているし、APECエンジニアでもcompletion of an accredited or recognized engineering program or assessed recognized equivalent とalternative routeが認められた。
 こうした教育プログラムを認定する組織として、欧米にはABET(The Accreditation Board for Engineering and Technology)のような認定機構がある。そこで、わが国においても同様な組織を作ることが急務となり、1999年、日本技術者教育認定機構(Japan Accreditation Board for Engineering Education)、略称JABEEが設立された(会長は吉川弘之学術会議会長)。その目的としては「統一的基準に基づいて高等教育機関における技術者教育プログラムの認定を行い、その国際的な同等性を確保するとともに、技術者教育の向上と国際的に通用する技術者の育成を通じて社会と産業の発展に寄与する」ことをうたっている。正会員は学協会からなり、応用地質学関係では、応用地質学会・地下水学会・地質学会・資源素材学会・地盤工学会・土木学会などが加盟している。JABEEの審査する専門分野は現在のところ下記の12分野である。
(1)化学系分野、(2)機械系分野、(3)材料系分野、(4)情報系分野、(5)電気・電子・情報通信系分野、(6)土木系分野、(7)資源系分野、(8)建築系分野、(9)農業工学系分野、(10)農学一般分野、(11)経営工学系分野、(12)工学(融合複合・新規分野)
 なお、APECエンジニアでは、Structural・Mechanical・Electrical・Industrial・Chemical・Civil・Mining・Geotechnical・Environmentalの9つのframeworksに分けられており、地質工学分野が存在する。そのため、関連学協会では地質工学分野の設立を働きかけたが、JABEEはこれ以上分野を増やしたくない意向のようで、資源分野との融合が話題になっている。地質工学は資源系・土木系両分野にまたがるので、その間の調整が難しく、関連学協会のそれぞれの思惑もあって、まだまだ紆余曲折をたどるものと思われる。
 JABEEが審査をするのは単にカリキュラムだけでなく、教育理念から始まり、教育手段、FD(Faculty Development)、教育環境など、入学から卒業までの全過程にわたる。卒業生の最低レベルの者でも国際水準をクリアしていないといけないという。その卒業生に要求される教育成果の内容は、(1)人類の幸福・福祉について考える能力と素養、(2)技術者として社会に対する責任を自覚する能力、(3)国内的、国際的コミュニケーション能力、(4)数学・自然科学、情報技術およびエンジニアリングサイエンスに関する基礎知識と応用する能力、(5)継続的、自律的な生涯学習能力、(6)社会のニーズを解決するデザイン能力、(7)与えられた条件下で仕事を進め、まとめる能力、などが挙げられている。これには、試験答案のチェックから在学生や卒業生へのヒアリングまで行うというから大変厳しい。一人でも下駄を履かせて卒業させたら、認定の取り消しまである。
 また、分野別基準はそれぞれ決められるが、共通部分としては、応用数学の修得と微積分を基礎とする物理、または一般化学の修得が課され、教員団には「技術者資格を有しているか、またはカリキュラムに関わる実務について教える能力を有する教員を含むこと」と明記された。地質工学分野独自の基準については、JABEE加盟の地質学会・応用地質学会・地下水学会の3学会が共同で作成した素案も存在するが、資源分野との合同が日程に上っているので、ここでは紹介しない。なお、昨2000年、九州大学工学部地球環境工学科資源工学コースが第1回目の試行審査を受けており、今年の試行審査は秋田大学工学資源学部地球資源学科資源システム工学コースと島根大学総合理工学部地球資源環境学科が対象として挙げられている。

3.日本の地質学への影響

 わが国の地質学は、明治初頭ヨーロッパから輸入されて以来、産業の米である資源とエネルギーを担う分野として重きをなしてきた。ちなみに国立研究所第1号は地質調査所である。富国強兵時代はもとより、敗戦後も石炭や鉄鋼の傾斜生産方式に象徴されるように手厚く保護され、戦後復興の旗手としてもてはやされた。しかし、その地位に安住し、高度成長期以降、地質学を支えるインフラが資源産業から土木建設産業に変わったにもかかわらず、日本の地質学はそれに対応してこなかったと言ってよい。ソニーや松下、あるいはトヨタやホンダのように、町工場からたたき上げて電子立国日本や自動車王国日本を築き上げてきた創業者たちと異なり、輸入学問としてスタートし、最初から官と結びついて発展してきたから、先例を踏襲するのが倣いとなり、柔軟な発想ができなかったのであろう。
 柳田邦男氏は、明治国家体制は第二次大戦の敗戦で78年の幕を閉じ、今また、戦後体制が「第二次敗戦」を迎えようとしていると述べている。昨今の政官財スキャンダルが制度疲労を端的に示している。周知の通り、黒船襲来が明治維新を引き起こし、B29が戦後体制にとって第二の黒船襲来の役割を果たした。してみると、先に述べたグローバリゼーションの波は第三の黒船襲来にたとえられようか。旧来の地質学を墨守し攘夷を貫くのは自滅の道である。黒船襲来を逆手に取り、新時代のはじめに花形として再登場する意気込みが望まれる。ただし、これからは官の時代ではなく民の時代、NGO・NPOの時代である。行政に取り入ってうまい汁を吸う姿勢はもう通用しない。大型公共事業は縮減の方向にあり、今後は地域アメニティー空間の創造など環境デザインや地質汚染の防止、あるいは防災面での地質学の貢献が求められている。地域住民の生命と暮らしに直接関わる分野である。もちろん、地球環境保全などグローバルな視野も忘れてはならない。
 これは何も業界のことだけを意味しない。学問としての地質学も脱皮を求められている。20世紀は分析哲学全盛、学問の細分化が極端に進み、弊害が出てきた。今世紀は総合化・ボーダーレス時代であり、理学・工学といった境界はなくなる。地質学も地球科学・工学等すべてを総動員するmulti-disciplinaryな総合科学になる必要がある。昨年のGeoEng2000のシンボルマークはカモノハシだった。卵生哺乳類でくちばしがあり、水陸両用の何でも屋である。融合を象徴したのだろう。このように懐を広げることによって、純粋地質学もまた学問として大きく発展して行くに違いない。教育面でも、フィールドワークが出来て、数学・物理や情報科学にも強く、かつ広い社会的視野とエンジニアリングのセンスも合わせ持った地質屋を育てなければならない。そのためには抜本的なカリキュラム改変が求められる。それは即、JABEEの認定に適合したカリキュラムとなる。問題はエンジニアリング分野を教えることのできる教員の登用であろう。産学官の人事交流が求められている。
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更新日:2001年3月4日