地質コンサルタントの自負を

日本応用地質学会九州支部長 岩松 暉(GET九州巻頭言)


 一般に、学問は大学でやるもの、その成果を実地に応用するのがコンサルタントと思われているようだ。私は立場上、国や地方自治体等のさまざまな委員会に出席し、コンサルタントの地質家と接する機会がしばしばある。どうもコンサルタント自身がそう思っておられるようにもみえる。
 各種委員会に出席してみると、既存論文の引き写しといった報告書が時々見られる。地質調査所の5万分の1地質図幅が出版されたら、一夜にして地質構造の解釈が変わり、地質調査所の結論に合わされてしまったこともある。複褶曲の場合、5万分の1のスケールでは向斜構造でも、数100分の1オーダーでは逆に背斜構造のことだってある。寄生褶曲のように露頭オーダーでは大構造と違った形態をとることもある。第一、地質調査所が図幅作成にかけた費用と時間は、現場に張り付いているコンサルタントに比べてはるかに少ない。いくら通産省の権威ある公式文書だからといって、盲従するのは事大主義である。
 オリストストロームが流行ると、何でもオリストストロームになり、地層を追跡してつなごうとの努力を放棄する。デュープレックスが流行ると、何でもそれで解釈する。どうも業界にはマニュアル主義がはびこり、自分の頭で考えるよりも教科書に従えば安心との風潮があるのだろうか。層序についても大学教授の新見解に無批判に従って改定した例もあった。実際に自分たちの足で調べ上げた成果を簡単に投げ捨てる姿勢は問題である。本当にコンサルタントは受け身でよいのであろうか。
 大学は優秀な頭脳が集まっていると言われている。確かに、ほとんど全員博士号を持つ。しかし、昔の博士は博識の博という意味もあったが、今の博士は業績主義で煽られているから、自ら視野を狭めることによって名をなそうとする蛸壺人間が多い。産業界が大学院博士課程修了者を採用したがらない理由の一つである。では設備のほうはどうであろうか。加速器や大型電子顕微鏡など、民間会社ではなかなか持ち得ないようなさまざまな大型分析機器がある。したがって、かつては大学に頼まなければ得られないようなデータもあった。しかし、最近は分析を専門とする民間会社も出現している。年代値や化学分析値あるいは微化石鑑定などは金で解決できる時代になった。もはや分析や鑑定は科学ではなくルーチンの作業になったのである。分析値だけのデータブックのような論文や、それに壮大な考察で味付けをした鬼面人を驚かす論文を書いて世渡りをしてきた大学人は、早晩行き詰まるであろう。
 何となれば、地質学上の理論は地球を対象としている以上、すべてフィールドに立脚していなければならない。どのような精緻な理論も天然の事実に合致していなければ破棄されるのである。惑星の運動を見事に説明できたプトレマイオスの周天円説もやがて観測事実と矛盾するようになり、結局地動説に取って代わられてしまった科学史を想起すればよい。
 その点、地質コンサルタントは大学人よりはるかに恵まれた位置にある。大学人はハンマー・クリノメーター・ルーペといった1世紀以上前の道具しか持たず、地表を歩くしか調査手段を持ち合わせていない。おまけに調査旅費はないに等しい。一方、地質コンサルタントは、多数のボーリングデータを持ち、各種物理探査を実施している。ダムやトンネルでは実際に掘削してこの目で確かめることが可能である。地質構造を三次元でおさえることができる世界でもっとも恵まれた地質家と言えよう。必要とあれば各種分析に出すことも可能である。地質年代値などは論文として公表されているものの何倍も地質コンサルタントが持っているに違いない。数字に強いのもコンサルタントの長所である。また、さまざまな現場でいろいろな露頭に遭遇し、新しい地質現象を観察する機会が多い。何よりも現場には解決を求めているテーマが満ちあふれており、斬新な研究テーマの発想にとって好条件である。近代地質学が産業革命期に実践的地質学(応用地質学)としてスタートした例を持ち出すまでもなく、学問は、生きた現実と切りむすび、歴史の大きなうねりに乗ったとき急速な飛躍をとげる。したがって、これからの新しい地質理論もまた現場から生まれることが期待される。大学の地質学は象牙の塔にこもって百数十年、今や閉塞状況にある。地質コンサルタントの果たすべき役割は大きいと言わなければならない。
 確かに地質コンサルタントは業務量が多く多忙である。守秘義務の壁もある。なかなか研究論文を書く環境にない。しかし、情報公開は時の流れだし、実力主義時代の到来も目前である。論文公表が競われる時代になるであろう。地質コンサルタントは大学コンプレックスを払拭し、自らのおかれた位置を自覚して欲しいと思う。実力を蓄え、地質学の新展開に大いに貢献していただきたい。
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更新日:1999年5月15日