本所のフンちゃん見てある記(2005.5)


|市来ふれあい温泉センター|御仮屋御殿|東大戦没同窓生之碑|こんにゃく閻魔|沢蔵司稲荷|伝通院|五月祭|旧古河庭園|しょうぶ沼公園|東綾瀬公園

★市来ふれあい温泉センター

 大型連休だというのに雨、そこで温泉に出かける。鹿児島は温泉天国、どこの市町村にも公営の温泉施設がある。今日は市来町の市来ふれあい温泉センターに行った(写真はリーフレットから拝借)。吹上浜の防風林は松林だけかと思っていたが、トベラの白い花が強い匂いを放っていた。雨だと思ってカメラを持ってこなかったのが残念。温泉は設備が良くて250円、しかもすいていた。極楽、極楽。(5/2)

★御仮屋御殿

 今日は快晴、花倉の自然遊歩道を歩く。妻はツワやフキ採取に熱中していた。その後、御仮屋御殿跡で桜島を見ながらおにぎりを食べる。薩英戦争に際してお姫様たちの疎開用に急遽取り壊して国分に移築したが、その直後明治維新となり、ついに再建されることがなかった。それから百数十年、大木が生い茂っていた。平坦な跡地に門柱などがあって、かすかに御殿跡だとわかる。(5/3)

★東大戦没同窓生之碑

 東大正門前で「天上大風」の碑を見つけた。今まで何度も通っているところなのに気づかなかった。何でこんなところに良寛?と近づいてみたら東大戦没同窓生之碑だった。先の大戦で東大関係者も2千数百人犠牲になったのだという。合掌。
 それで思い出した。駒場寮時代、母の会というのがあって、週に1度おばさんたちが集まって寮生の繕い物などしてくれる。奇特なことだと思っていたが、そのうちに親しくなって話を聞いたら、戦没学生の母なのだという。後輩のわれわれをわが子の代わりに面倒見てくださっていたのだ。何年経ってもわが子は20代のままなのだろう。絶句した。(5/19)

★こんにゃく閻魔

 久しぶりの好天、今日の昼休みは伝通院まで遠出した。まずは眼病に霊験あらたかというこんにゃく閻魔に参詣。私の左眼はもう自前ではなくレンズ、残された右眼が白内障にならないよう祈る。こちらの閻魔様の右眼は眼病の老婆にあげたのでつぶれているという。しかし、暗くてよくわからなかった。境内には塩地蔵もある。歯が痛いとき塩をお供えして祈り、治ったら塩を倍にしてお礼参りするのだとか。そのため、塩に埋もれてお顔も見えなかった。(5/26)

★沢蔵司稲荷

 善光寺坂を登ると、途中に澤蔵司(たくぞうす)稲荷があった。千代田城の稲荷大明神が澤蔵司という修行僧になって伝通院学寮に浄土宗の勉強に来たのだという。神様が仏教の勉強とは、宗教原理主義の国の人に聞かせたい話。(5/26)

★伝通院

 家康の生母於大の方を祀った伝通院に到着。さすがに広い。千姫のお墓もあった。(5/26)

★五月祭

 何十年ぶりかで東大五月祭に出かけた。昔は全学公開的な色彩が強く、五月祭に来ると科学技術の最先端に触れることができた。教育テレビなどなかった時代のことである。今はどこの大学も学生達の楽しむ場になった。理学部地質の建物もしんとしていて展示はやっていないらしい。経済学部で地球惑星物理学科がスマトラ沖地震の展示と津波の実験をやっていた。三四郎池の側では女子学生のパフォーマンスがあってびっくりした。安田講堂前では応援部が昔と同じ応援歌を演奏していた。懐かしい。もっとも応援部に女子学生がいるのは時代の反映。(5/28)

★旧古河庭園

 五月祭は早々に引き上げ旧古河庭園に行くことにした。この時期の古河庭園はバラが美しい。洋館の中で紅茶とケーキでくつろぐ。(5/28)

★しょうぶ沼公園

 東京メトロ沿線だよりに載っていたので、北綾瀬のしょうぶ沼公園まで出かけた。来週がしょうぶ祭りとかで、まだ咲いている品種が少なかった。残念。それにしても東京の公園は宣伝している割には狭いところが多い。大都会では広い場所を要求するほうが無理なのだろうが。(5/29)

★東綾瀬公園

 帰途東綾瀬公園沿いに綾瀬駅まで歩く。細長い親水公園である。元は川か河跡湖だったのだろうか、などとすぐ成因を考えるのは地質屋の悪い癖。そんな詮索はやめて、散歩の時には散歩を楽しめばよい。桜の大木もあったから、花見にも良いかも知れない。(5/29)

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更新日:2005年5月29日