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亀戸中央公園|
白山神社|
孫文座石|
フリーマーケット|
野見宿弥神社|
言問橋欄干|
回向院|
堀切菖蒲園|
いぼとり地蔵|
しばられ地蔵|
水元公園
亀戸中央公園
北十間川に沿って散歩していたら、旧中川との合流点に亀戸中央公園があった。なかなか広い。和風庭園から運動公園まである。日立の工場跡とのこと。(6/5)
白山神社
この頃運動不足である。昼休み白山神社まで歩いてあじさい祭りを見物に出かけた。境内が狭いから鎌倉のあじさい寺とはわけが違う。水中花のあじさいを土産に買い、妻の誕生祝いに贈った。(6/8)
孫文座石
白山神社に孫文座石なる石碑があってびっくりした。何でもこの石に腰掛けてハレー彗星を眺めたのだそうだ。1910年のことだから、革命に思いをはせたのだろう。辛亥革命の前年のことである。(6/8)
フリーマーケット
大横川親水公園を散歩していたら、錦糸町イベント広場で環境を考える市民の会主催のフリーマーケットが開かれており、盛況だった。今リサイクルが流行りだが、リサイクル品は値段が高い。つまり、新品以上に石油を消費しているから、必ずしも環境に優しいわけではない。このようなリユースがもっと進められるべきなのだろう。(6/13)
野見宿弥神社
錦糸町イベント広場から両国方面に曲がったら、神社に出くわしたので、娘の安産を祈って参拝した。さすが相撲の町両国、相撲の開祖野見宿弥を祀る神社だった。歴代横綱の碑があった。(6/13)
言問橋欄干
今日の散歩は、「発掘された日本列島2004」の招待券をもらっていたので、江戸東京博物館に行くのが主目的である。博物館脇に言問橋の欄干が展示してあった。関東大震災復興の時建造されたのだが、東京大空襲の際、ここで群衆が身動きがとれなくなり、多数焼死したとの説明版があった。合掌。(6/13)
回向院
大震災に関連して思い出したので、展覧会見学の後、回向院に回った。左が関東大震災、右が浅間天明噴火の際の犠牲者を祀ったものである。(6/13)
堀切菖蒲園
この頃は梅雨の中休み、上天気に誘われて堀切菖蒲園に出かけた。江戸時代から有名な割にはずいぶん狭い。説明版によると、戦後、宅地化してしまい、ここだけ残されたとのこと。エコノミックアニマルの時代があったと子孫に笑われるだろう。(6/19)
いぼとり地蔵
菖蒲園の帰途、近くにいぼとり地蔵があるというので、極楽寺まで行ってきた。お地蔵様が、塩だろうか、真っ白になっていた。(6/19)
しばられ地蔵
堀切菖蒲園が小さかったので、今日は水元公園に出かけた。途中、しばられ地蔵に立ち寄った。業平山南蔵院といい、元はわが家の近くにあったが、関東大震災後、金町に移転した由。このお地蔵様は大岡裁きで有名である。盗難除けに霊験あらたかという。鐘楼の鐘は「海運の鐘」といって、幸運が開けるとのこと、私も子や孫の幸運を祈って突いてみた。(6/20)
水元公園
都内で唯一の水郷と銘打つだけあって広い公園である。台風が近づいているためか、小合溜(こあいだめ)河畔では涼しい風が吹いて気持ちが良かった。小合溜は古利根川の跡らしい。8代将軍吉宗の頃締め切られたとのこと。また、メタセコイアやポプラの大木も見事である。花菖蒲園は確かに堀切よりは広かったが、手入れは堀切のほうが良い。(6/20)
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連絡先:iwamatsu@sci.kagoshima-u.ac.jp
更新日:2004年6月20日