防災都市づくりとソフト的対応

岩松 暉(『文部省科研費突発災害調査研究成果』, No.B-5-3, 181-190, 1994)


1.社会現象としての災害

 鹿児島の災害というとシラス災害があまりにも有名である。マスコミもシラスはもろいと繰り返し繰り返し宣伝する。善意ではあろうが、かえって災害はシラス地帯に住む者の宿命と諦観を植え付け、シラス以外の地質のところに住む人々には誤った安心感を与える結果をもたらしている。また、シラス崖に対してハード的な対策さえ講じれば災害はなくなるかのような幻想を与える。しかし、どんなにテクノパワーを駆使して万全の対策を施しても、崖崩れや洪水を100%防ぐことは不可能に近い。何となれば、それらは太古の昔から繰り返されてきた自然の摂理だからである。山崩れや土石流も侵食現象の一形態に過ぎない。1993年災害でも、シラスだけでなくあらゆる地質のところで崖崩れが発生したことがその普遍性を物語る。緑豊かに植生が繁茂し、これに伴って肥沃な土壌が形成される。この土壌が山崩れや土石流によって下流に供給されることにより、平野が形成され、農耕が成り立つ。海岸侵食も防止されるのだ。洪水や氾濫は土砂のもっとも有効な運搬手段である。自然界はこうした微妙な動的バランスを保っているのである。そういう意味では、自然現象としての山崩れ・土石流・洪水などは決してなくならないし、なくなっては困るのである。
 しかし、それが災害になるか否かという点になると話は別である。無人島で山崩れが起きても単なる地質現象に過ぎない。人命や財貨が失われ、人間社会に損害を与えるとき災害となる。寺田寅彦も地震と震災との峻別を唱え、地震の発生は防げないが震災は人間の努力次第でいかようとも軽減できると主張した。実際、同程度の地震が発生しても発展途上国では104人オーダーの犠牲者が出るが、津波被害を除けばわが国では数十人以下である。耐震工学の進歩とそれを実際の建築に生かすことが出来る経済力のお陰である。1993年の冷害は天明飢饉や「寒サノ夏ハオロオロ歩キ」と賢治が詠った昭和初期の冷害と気象現象としては同規模かそれ以上だったという。天明期には過酷な年貢制度が数万人と言われる餓死者を出した(名君上杉鷹山のいた米沢藩ではほとんど餓死者が出ていない)。昭和初期の冷害では幕末の農業技術の進歩と幕藩体制の崩壊によってさすがに餓死者は出なかったが、まだ地主制度があったため、小作人は娘を花柳界に売り飛ばして口に糊した。1993年の冷害は経済大国ニッポンの円の力で諸外国の米を買いあさって乗り切ろうとしている。もちろん、餓死者も娘の身売りも出ないであろう。このように同じような自然現象が発生しても、社会経済情勢が違えば災害として発現する程度が異なるのである。
 すなわち、いわゆる自然災害とは単なる自然現象ではなく、自然と社会の交錯するところで発生する社会現象なのである。このことは、防災に関しては自然現象の制御と共に社会的ソフト的対応も重要であることを意味する。なお、天災・人災なる二者択一論がある。天災論は災害を自然現象と混同しており、宿命論やあきらめへ導くし、機械的人災論は自然的要因の軽視につながり、ハード万能主義と結びつきやすい。いずれも真に災害をなくすことにはならない。小出 博が人災という造語を提唱した頃はまだ自然現象と自然災害が混同されていた時代で、人為的要因や拡大要因に目を向けさせる積極的意義があったが、現在は行政糾弾といった非常に一面的な使われ方をしており、本質を見誤らせる恐れが強く不毛である。

2.自然とのつきあい方

 自然現象の制御といっても自然と力で全面対決しようとすれば要塞都市のような殺伐としたコンクリートジャングルになってしまう上に、なおかつ自然の力を完全に抑え込むことはできない。明治以来、水害を防ぐために延々と連続堤防を築き、三面張りのコンクリート河川まで構築した。遊水地をなくして堤防に換え上流の氾濫を防ぐ。それが下流の氾濫を招き、下流の連続堤防は天井川を出現させた。近代技術を過信してギリギリまで土地利用し、かえって被害を大きくしてしまう。防災施設が逆に災害要因に転化するのである。それだけではない。コンクリート河川は粘土鉱物による有害物質の吸着を阻害するから、汚染水がそのまま河口に直行し漁業にダメージを与える。砂防ダムは鉄分不足の水を供給し磯焼けを起こすという。自然界はシームレスの織物に例えられる。相互に複雑に絡み合った有機体である。自然の理をわきまえず、近視眼的に征服をもくろむと、とんでもないところでしっぺ返しを食らう。やはり、災害絶滅ではなく災害軽減(災害の無害化)の道を選ぶほうがより賢いやり方であろう。その点、祖先の知恵に学ぶべき点が多々ある。信玄堤(霞堤)・輪中・遊水池など典型例である。頻繁な中小氾濫には対処するが、数十年に一度といった例外にはある程度の被害は甘受しようという一病息災の発想である。昔は慢性喘息では死なないと言われてきた。乾布摩擦で体力をつけ、軽微な発作で済ませる対処法である。最近は強い吸入薬でピタッと抑えるため、つい使用頻度が高くなり、心臓に負担をかけて死に至るのである。もちろん、防災工事が無意味だと言っているのではない。既に人家が密集してしまって、生命財産が失われる恐れの強いところには対策を講じなければならない。重症の発作には注射もやむを得ない。しかし、そうした危険なところに住む前に、自然の理をわきまえた賢明な土地利用が必要である。鹿児島のシラス崖の下には大抵なだらかな坂の部分がある。崩壊土砂の堆積地形である。すなわち、崖崩れの土砂の最大到達距離を示している。自然のままなら崖錐は水が豊富だから、この部分は竹薮になっていたであろう。明治以前ここは自然の領域であって、筍採りに行くことはあっても、宅地にすることはなかった。現在のシラス災害はほとんどこの部分で発生している。神様の領分を侵した罰と言えよう。
 本家分家の理論(?)なるものがある。確か天草災害の時言い出された。被災したのは圧倒的に分家が多かったという。古くからある本家は適者として生存してきたのに、新しく作った分家は当面の利便性だけを考慮して立地していたからである。これからの都市計画は利便性・効率性第一主義ではなく、自然の論理(地質学の原理)を踏まえて、環境とも調和をはかりながら行っていかなければならない。真っ白いキャンバスの上に自由に絵を描くセンスでは困るのである。キャンバスの下、地面の下に岩石や地層があることを忘れてはならない。

3.鹿児島における防災都市づくり

 つくば研究学園都市のように全く新しいところに立地するのなら理想的な都市計画も可能だろうが、既存都市の安全性を高めるためにはどうしたらよいのであろうか。鹿児島市の場合、もともと平場が少ないから、高度成長期以来流入人口を吸収するために、山を削り谷を埋め立てて団地を造成してきた。以前なら住まなかった危険地まで進出したために災害が激発するようになったのだ。そろそろ人口膨張は抑制すべきではないだろうか。しかし、いくら地方定住圏構想を打ち上げても、農業で生計が立てられない限り、また教育・文化・医療等の都会偏在が解消しない限り、人口集積効果を求めて集まってくるのは避けられない。これは政治の根本に関わることで、防災云々以前の問題である。どうしても60万都市を目指すのなら、周辺の町々を衛星都市にして平坦地に団地を造成するしかないであろう。ただし、事前の防災アセスメント実施が前提である1)。また、モノレール・地下鉄等公共交通機関を抜本的に整備して市内へのアクセスを容易にし、マイカー乗り入れを規制することが必要であろう。沿岸部を埋め立て高層マンション群を建設することは、地震時の液状化災害などを考えると避けたほうがよい。もちろん、丘陵部の切り盛りはもう限界に近い。
 個々の災害について考えてみる。崖崩れに対しては、「がけ地近接等危険住宅移転事業」の補助率をアップするなどして移転を促進することが望ましい。現在の鹿児島県宅地造成基準では崖肩を望んで仰角30゜以上のところは宅造禁止である(図1)。従来の崖崩れ被災家屋のほとんどがこの30゜ライン内に入っている。つまりこのラインよりも崖に近づかなければ崖崩れ災害はほとんど発生しないと言ってよい。諸般の事情で住家が存在するところは法面工事をすることもやむを得ない。
図1 鹿児島県宅地造成基準
 土石流に対しては、危険渓流の出口付近は避けたほうがよい。土石流は現在の河道と無関係に直進することが多く、旧河道をなぞることもある。こうした箇所は移転するに越したことはない。国道10号線沿いは姶良カルデラ壁に当たっている。「侵食カルデラ」なる術語の存在が示しているように、カルデラ壁は本来侵食作用が活発なところである。地形図上でも過去の崩壊地形が数多く読み取れる。崖崩れや土石流が頻発するのが当然の自然の姿なのである。ここの国道や鉄道は海に張り出すかトンネルで避けるのがよいと思われる。山椒太夫で有名な新潟県の親不知子不知の険では橋梁で通過している。もちろん、カルデラ壁に集落を立地するのは好ましくない。砂防ダムで土石流が止められた例は多いが、カルデラ壁では繰り返し発生するから、あまり過信しないほうがよい。
 水害に関しては、水源地での植林を含む総合治水によってピーク時流量を減らすと共に、河川改修によって速やかに排出することなどが考えられる。しかし、上流部の氾濫を防ぐために改修を行えば、当然下流に悪影響を与える。古来、水害では上流と下流で利害が対立し、川騒動がしばしばあった。なかなか両立は難しい。遊水池の復活も過密都市では住家の移転などの問題があってなかなか困難である。数十年確率の洪水には安全なようにハード的対策をとることにして、100年確率以上の大災害に対しては保険で対処するなどの方法が考えられる。昔の水屋にならってゲタ履き住宅を作り1階をガレージにしておくとか、床上浸水はなるべく防ぎ広範囲の床下浸水は甘受するなどのやり方もある。遊水機能の重視である(図2)。
  理  念                     目  標                    基 本 方 針

・排水機能のみなら                                     ・総合治水対策協議会
 ず遊水機能を重視         ・短期目標……10            によって定められた
 する                       年に1回程度の豪            流域整備計画の実行
                             雨に対して安全            ・連続盛土施設の規制
・ハードな対策とソ                                       及び高架化
 フトな対策を併用         ・長期目標…100          ・盆状治水地域の設定
 する                       年に1回程度の豪            と盛土規制
                             雨に対して安全            ・浸水常習度と調和し
・防災と地域社会づ                                       た土地利用の推進
 くりの結合として                                     ・河川環境等の創造
 の防災都市づくり                                     ・盆状治水地域を単位
                                                         とするコミュニティづくり

                図2 水害に備えた防災都市づくりの基本構想2)
 都市型災害の場合には、ライフライン災害の対処法も考えておく必要がある。1993年の災害では、道路と鉄道が寸断されたため、鹿児島市は陸の孤島と化した。もともと島津公は敵が攻め難い天険の地に城下町を構えたのだから当然である。従来、国道10号はしばしば交通が途絶したが、九州自動車道があるために空港方面との連絡は保たれていた。今回初めてこの高速道路が不通になったが、さすがに高規格道路であるから公団の敷地内に起因して発生した災害はほとんどなく、敷地外からの流入土砂によって不通になったのである。国道10号線は前述のようにカルデラ壁にあって不安定だから、この高速道路は鹿児島市にとって生命線とも言える道路である。どんな豪雨でもここだけは守れるよう、沿線周縁部の砂防に重点投資をする必要があると思う。8・6災害でもあった断水・停電・電話不通などの対策も重要である。これからはますますコンピュータ社会になるから、コンピュータネットの保持も忘れてはならない。
 鹿児島は地震の少ないところだが、桜島が大正噴火級の大規模噴火をしたときには震度6クラスの地震に見舞われる恐れがある。大正噴火の際も島内では死者はほとんど出なかったのに、本土側で地震による家屋倒壊や崖崩れが発生して多数の犠牲者が出た。液状化を示唆する記録もある。当時の水田地帯は今や人口密集地であり、シラスの水搬工法による埋立地も多い。北海道南西部地震では火山性堆積物の液状化が話題を呼んだが、鹿児島の沖積平野はまさに二次シラスから出来ている。液状化災害に対する備えも忘れてはならない。また、建築基準法による規制が他県に比して緩いことから、耐震上問題のある建物も多い。宮城県沖地震で学童が多数下敷きとなって問題となった無鉄筋ブロック塀も多数ある。桜島から避難してきた人達が地理不案内な本土で地震の犠牲になるようなことが起きかねない。地震は決してひと事ではないのである。
 火山災害を都市づくりの観点からみるのは難しい。必ず山頂噴火をする火山ならともかく、桜島は山腹噴火もあってどこから噴くか数十年も前から特定できないから、ハード的な対策を立てようがない。磐梯山のような山体崩壊があれば壊滅的で、これに対処することは不可能である。火山山麓に住むこと自体が問題だということになってしまう。やはり避難などソフト的に対応するしかないであろう。幸い「理論ヲ信頼セズ」と恨まれた往時と違って、火山学も進歩したし観測網も充実している。噴火の時期や噴火口の位置等の直前予知は確実に出来るであろうから、事前の対処は可能である。

4.死亡災害ゼロとハザードマップの作成・公表

 1993年の鹿児島の災害では二度三度どころか五度も災害に遭ってしまった。よその町で災害があったと同程度の豪雨が降ったのだから、今度は自分のところが被災する恐れがあると避難しなければならなかったのである。適切な避難行動がとられていたら、財貨の損失はやむを得なかったにせよ、犠牲者を最小限にくい止められたはずである。人間だれしも自分だけは大丈夫と楽観しがちである。やはり、自分は危険なところに住んでいるとの自覚が大切である。そのためには、ハザードマップ(災害予測図)を作成して市民に周知しておくことが重要なのではないだろうか。
 鹿児島市にも防災マップが存在する3)4)。しかし、これは急傾斜地崩壊危険区域や土石流危険渓流など法令指定地や警察・消防・病院といった防災機関の所在地を図示したものに過ぎない。こうしたマップも大いに役立つが、ここでいうハザードマップとはこのようなものではない。全ての斜面について危険度のランク付けをし、低地の氾濫・浸水危険地は予想浸水深まで記入されたものである。液状化など地震動災害についても明記しておく必要がある。もちろん、現在の学問水準では決定論的予測は無理だから、確率論的に記述せざるを得ない。この程度のものなら現在でも作成可能である。確かに斜面は何万箇所もあるから、多少金と労力はかかるが不可能ではない。筆者はシラス災害について成人病検診になぞらえた防災戦略を提案したことがある(図3)5)-7)。全ての斜面について精密な地質調査をすることは難しいから、先ず外から見てわかるもの、すなわち地形と植生から診断するAI(人工知能)診断が間接撮影に当たる。その中の要注意箇所について地質踏査を行う(直接撮影)。この段階まで行えばかなり信頼性の高いハザードマップが作成できる。なお、さらに要精密検査箇所にはボーリング等の精査を行い(内視鏡検査)、最終的に危険箇所は防災工事を施せばよい(外科手術)。液状化災害については、震源位置が桜島直下ないし近傍と特定でき、入力加速度などもおおよそ見当がつく点、他地域に比して有利である。地盤情報さえそろえば予測することが可能である。幸い鹿児島大学地域共同研究センターで筆者を研究代表者とする研究がスタートしており、鹿児島市内だけではあるがボーリング柱状図データベースが出来上がりつつある。1993年の被害額は3,000億円を突破している。事前調査や防災対策にどれだけお金を使っても、被害額に比べれば微々たるもので十分ペイする。なお、こうしたハザードマップは後述のオンライン豪雨災害予知警報システムに直接役立つので、マップとして印刷すると同時に、デジタルデータとして地理情報と共にデータベース化しておくことが大切である。
図3 防災検診と成人病検診
 問題は公表の件である。危険度Aランクなどと公表されれば、確かに地価は下がるし損害保険の保険料はアップする。防災工事のために敷地が削られるかも知れない。数十年に一度来るか来ないかわからない災害のために、現在の経済的利益を損なうのはゴメンだと、住民が抵抗するのもうなずける。一方、行政も従来はハザードマップの作成には消極的だった。もしも後で災害が起きたら、危険と承知していたのに何故有効な手を打たなかったのかと責められ、裁判でも敗訴することが目に見えているからである。予見不能だったと異常気象のせいにして逃げるほうが都合がよい。しかし、人の命は地球より重い。前述のように、近年の地震による犠牲者は高々数十人である。しかも地震の頻度は少ない。鹿児島では一雨で同程度の犠牲者が出るし、集中豪雨や台風は毎年のようにやってくる。梅雨の度に犠牲者を出すのはもうやめようではないか。「人柱が立たないと梅雨が明けない」といった悲しい言葉はもう死語にしよう。
 首都圏や東海圏では液状化予測図(東京都)8)・アボイドマップ(神奈川県)9)・地震被害想定基本図(静岡県)10)などのマップ類が公表されている。次の関東大震災や東海地震が予想される状況の下で、住民の中にコンセンサスが出来ているからであろう。こうしたマップ類の中で神奈川県のアボイドマップ(自然災害回避地図)は発想がユニークである。自然災害回避(アボイド)行政と銘打ち、「災害復旧に多額の費用を後追い的に支出するのではなく、あらかじめ危険なところは避けて土地利用するような施策を進めるべきである」との積極的な立場から作成された。@過去の被害区域、A法令指定危険区域、B法律では指定されていないが災害発生が予想される危険箇所、C巨大地震が発生した場合の被害想定区域の4項目の情報が盛り込まれている。もう一つユニークなのは国分寺市の防災診断地図である。作成主体が町内会単位の防災会なのである。住民自らが自分の町内を歩いて災害要因をチェックした手作りのマップである。市は防災学校を開いて啓蒙すると共に、専門家を派遣して防災会の活動を側面から援助した。行政と住民との協力共同の模範と言えよう。これは後述の防災教育にとっても非常に意義がある。上から与えられたものではなかなか身に付かないが、自らの経験に基づくものは血となり肉となるからである。また、行政を敵視し、自らは動かず何かと裁判に訴えるやり方は非生産的だが、住民も参加して一緒に作ったものならば、上記のような行政の危惧も避けられる。鹿児島市でも一部の地区で住民による自主的な防災マップが作成された11)。誠に喜ばしい。住民参加のこうした自発的な動きを援助し、自主防災組織を機能させることが今後の防災行政の重要な課題となろう。その他、長野県では防災地質図が刊行されている12)。

5.オンライン豪雨災害予知警報システム

 8月6日の災害では甲突川上流の郡山町で時間雨量101mmといった強烈な集中豪雨が降ったことを下流の鹿児島市側では的確に知っていたのであろうか。国道10号線の災害にしても、鹿児島方面が豪雨なのを姶良町側が知っていて交通を遮断していたら、2,000台もの車があの狭い区間に数珠つなぎになって被災する事態は避けられたに違いない。行政の壁を取り払い広域情報網を整備する必要がある。その点気象台は広域の降雨情報を知っているが、大雨洪水注意報や記録的短時間大雨情報を雨量に基づいて出すだけで、地質地形情報や実際の河川の水位上昇などは考慮されていない。レーダー雨量計にしても7分ごとにデータが得られ、基準以上の雨量になるとALARMとCRTに表示されるが、これもレーダー設置地点の雨量が基準値を超えたことを示すに過ぎない。また、集中豪雨のようなメソスケールの擾乱では小さな豪雨セルを捉えるのにはAMeDASなど気象庁の観測網では粗すぎる。数km間隔以下のもっときめ細かな観測値が欲しい。土砂災害や洪水予測のためには、気象庁検定済みの精密な雨量計による観測でなくても、小学校の理科クラブのデータで十分役に立つ。
 そこで、次のようなオンライン豪雨災害予知警報システムを提案する。各市町村や防災機関を結ぶコンピュータネットワークを組み、県庁のしかるべき部署(消防防災課?)にサーバーを置く。もちろん、そこと気象台とはオンラインで結ばれ、レーダー雨量計のデータは刻々入ってくる。その他、市町村役場・消防署・土木事務所・JR・道路公団・国道工事事務所のような国の機関などに設置してある雨量計のデータも全てオンラインで取り込めるようにする。
 これだけなら広域の雨量分布を知ることができるだけでレーダー雨量計と大差ない。地形地質情報など各種のデータベースとドッキングさせ、シミュレーションにより災害発生予測や被害予測を時々刻々行って的確な対応を指示するのである。各市町村ごとの災害警報も出せる。
 幸い地形情報についてはGIS(地理情報システム)が整備されているし、ARC/INFOのようなツールも開発されている。地質情報は1990年に10万分の1鹿児島県地質図が刊行されたし、軟弱地盤については前述のように鹿児島大学にデータが蓄積されつつある。植生等の情報はリモートセンシングの技術が進んでおり、広域の情報を容易に得ることができる。また、住宅戸数や時間帯ごとの人口密度・交通量等被災側のデータは行政に既にある。  ただ、こうしたデータの一元管理を図り、中央集権的に指揮命令するだけでは力を発揮しないであろう。各市町村役場や上記の諸機関には端末を設置しておき、親機のデータはいつでも見られ、独自の適切な判断ができるようにしておく分散型が望ましい。また、自分のところの災害発生場所・日時や水位記録など最新のデータを入力できる利点もある。こうしたデータが時々刻々フィードバックされればシミュレーションの精度もぐっと向上するに違いない。
 このようなシステムは、地震災害に関してではあるが、既に東京都や埼玉県で実用化されている。東京都の場合、庁舎移転に伴い都庁内に防災センターが置かれ、防災情報システムが導入された13)。同システムは、災害情報システム、地震被害判読システム、延焼予測システム、浸水被害予測システムからなり、サブシステムとして地図情報システムが組み込まれている。マンマシンインターフェースはAVシステムによっている。埼玉県の地震被害予測システム(SEDEIS)14)は、地質地盤情報システムを基礎としており、断層モデルに基づく震源パラメーターと季節・時刻・風速などの前提条件を入力してやれば、即時に各地の震度・液状化危険度・建物被害・火災・人的被害・ライフライン被害・交通障害等の予測ができるようになっている。災害常襲地帯である鹿児島県でもこの程度の投資は必要なのではないだろうか。

6.防災教育

 8・6災害で姶良カルデラ壁直下の国道10号線で多くのドライバーやJRの乗客が続発した土石流で被災したが、尾根筋にいた者と谷筋にいた者とで明暗を分けた。このようにちょっとした災害知識の有無が決定的にきくこともあるのである。
 例えば、わが国における最近の地震では火災を伴うことが少ない(奥尻島の火災は打ち上げられた漁船の火によるという)。「地震!火を消せ!」と子供の頃から教え込まれているので、行動不能の烈震でない限り、ほとんどの人が反射的にガス栓をひねるからである。同じように三陸海岸では「地震にあったら津波に用心」と徹底的に教えられ、毎年避難訓練をしている。それに反し、日本海側では津波がないと誤って信じられていたために、日本海中部地震では津波による多くの犠牲者を出した。恐らく三陸だったら直下型地震でもない限り、津波による犠牲者はごく僅かしか出ないであろう。
 地震の場合にはこのように学校教育でかなり徹底した防災教育が行われている。ここ2・30年の統計でみると、人的損失では、地震火山災害に比べて土砂災害や水害によるものが圧倒的に多い。その割にはこの種の災害に対する防災教育が等閑視され過ぎているのではなかろうか。鹿児島市内の中学生に防災に関する言葉についてアンケートしてみた15)。「地震があったら津波に用心」「地震があったらまず火を消せ」といった地震防災に関する標語はほとんどの生徒が知っているのに対し、「台風の右半円は危険半円(台風が西側を通るときは強風に注意)」といった台風に関する常識を知っていた者は1/4程度であった。台風銀座と呼ばれる鹿児島としてはゆゆしい問題である。また、シラスを実際に見たことがないと答えた者が半数いた。受験中心の理科教育が行われ、地域に根ざした実験実習が軽視されていることの表れであろう。梅雨前の通学路の安全点検など生徒たち自身で行うようにすれば、何よりの自然教育になるのではないだろうか。もっと学校教育でも防災教育を位置づけて欲しい。
 一方、社会人教育のほうにも問題がある。1986年の災害についても突発災害研究を実施したが、学問的成果を住民や行政に還元しなければ災害はなくならないとして、翌年大学公開講座を開催した。大教室が一杯になるほどの盛会だったが、参加者は地質コンサルタントや国・県・市の防災関係者ばかりで、われわれ主催者が対象として考えていた一般市民の参加はゼロであった。マスコミの協力を得てかなり精力的な宣伝を行った結果がこれである。「喉元過ぎれば熱さを忘れ」なのか、その日の生活に追われて心のゆとりがないのか、せめて崖下地の町内会長さんくらいはご出席いただけるのではないかと考えていたのだが。やはり都市化が進んで、防災は行政まかせ、被害があったら責任を追及するといった利益享受型受け身社会になったためであろう。
 しかし、豪雨災害の場合、先にも述べたように豪雨セルの大きさは気象台の観測網では粗すぎるから、避難命令を待っていたのでは遅い。住民自らの判断が重要である。時間雨量50mmを超したら崖下の危険地に住む人は避難したほうがよい。コップを外に出して2時間で一杯になったら時間雨量約50mmに相当するから逃げればよい。この程度のことを進んでやる自覚があれば人的被害だけは防げる。「自らの命は自らで守る」が防災の基本であることを銘記すべきであろう。長崎水害の場合、「谷川の上流でゴーッと山鳴りがしたら山津波が来る」との言い伝えがあった古くからの集落は、隣近所助け合って避難したので犠牲者が出なかったが、そうした災害伝承のなかった移住者の多い新興住宅地では、その意味するところを知らず逃げ遅れてしまったという。山崩れ・崖崩れのような場合にも、冠頂部に亀裂が発生したとか、湧水が涸れたり井戸が濁ったりといった前兆現象が見られることが多い。こうしたことに一番最初に気づくのはそこに住む住民である。筆者はかつて新潟大学に奉職していたが、新潟県には地すべりモニター制度がある。住民の中にモニターを委嘱しておき、地すべりの発生しやすい融雪期に裏山を見回ってもらうのである。何か変状を発見したら県庁に通報してもらい、専門家が駆けつけて適切な処置をするという仕組みである。当然、モニターになった人は地すべりに関して知識が豊富になる。自分の知識を他人に話したくなるのは人情だから、期せずして近隣の人々に防災教育が行われ、その地域における災害知識のレベルアップにつながる。現にモニター以外からの通報で地すべりを発見した例も多いという。
 また、老人や子供など災害弱者の問題も深刻である。こうした人々の避難を考えると、高齢化社会をひかえ、もう一度地縁社会を復活させる必要があるのではないだろうか。国分寺市のような防災会活動がそのきっかけになると思われる。

7.おわりに

 繰り返しになるが、災害は自然と社会との交錯したところに発生する社会現象である。したがって、これに対処するためには総合的に当たらなければならない。近代土木技術を駆使するのは当然であるが、全てハード的に対抗するのは財政的側面だけでなく、自然の摂理といった面からも無理がある。自然の特性をわきまえたきめ細かな総合的防災対策が求められている。そのためにも行政に専門家を養成しておく必要がある。諸外国の例のように、防災担当者は防災関係学科の大学院で修士号取得を義務づけるのも一法であろう。部署を転々と替わらないと昇格しない制度を改め、ラインとは別の専門官として厚遇するのである。東京都のような防災センターも必要である。県立の防災研究所ないし土木技術研究所も欲しい。
 また、防災は行政だけで実現できるものではない。研究者やコンサルタントなど専門家と行政当局が協力して学問的成果を行政施策に生かすのは当然であるが、なかんずく地域住民との連携が重要である。先にも述べたように、自分の命は自分で守るのが基本だからである。しばしば見られるように住民団体と行政が相互不信に基づいていがみ合うなどは愚の骨頂である。お互いに結論が先にあって、己が主張をぶつけ合うだけでは何も生み出さない。DisputeではなくDiscussionが必要である。国分寺市の例のようによりよい協力共同の関係を築いてこそ災害は防止できる。住民参加型の防災施策が求められていると言えよう。

引用文献

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  13. (株)パスコ(1992): 防災業務における地図情報の利活用―東京都防災情報システム―. NEWS form PASCO, 45(1), 1-4.
  14. 富田 忠(1992): 地震災害の軽減に向けて―大規模地震被害想定調査から―.地質と調査, '92(2), 23-32.
  15. 岩松 暉・中原征五(1994): 1993年鹿児島豪雨災害と防災教育.(印刷中)

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更新日:1997年8月19日