震災と沿岸都市地盤図

 岩松 暉(西部地区自然災害資料センターニュース, No.15, 1996)


 阪神大震災では、神戸市街地を縦断して北東―南西方向に伸びる震度7のゾーン、いわゆる「震災の帯」が話題になった。当初、これが既知の活断層である六甲断層系と平行なことから、未知の伏在断層がこの真下に存在しているとの議論が盛んであった。しかし、最近ではエッジ効果など地盤条件に支配された結果であるとの意見が大勢を占めているようである。中には珍しい現象も報告されている。直下にシールド工法で掘った地下鉄線が存在しているところは、逆に被害の少ないゾーンが狭い線状をなして分布しているという。オープンカット工法で掘ったところはダメだったらしい。地震波がシールドトンネルで遮られたためか、直上は揺れが少なかったとのことである。
 阪神大震災以来活断層だけが注目され、構造物を作る際に活断層を避ければ事足れりとする風潮さえ出てきた。しかし、震源がどこであろうと、何時地震が発生しようと、地盤条件の悪いところに被害が集中する。地盤状況を熟知し、それに応じた対策を事前に講じておくことが被害を軽減する最善の道である。これが阪神大震災の教訓であろう。とくに、大都市のほとんどが沿岸地域の軟弱な沖積平野に立地し、ひと度地震に見舞われれば激甚な被害を蒙る恐れが強い。そうなると、前もって地盤の基礎データを集積し、地盤図を作成しておくことが重要になってくる。現在地盤図が存在しているのは、東京・名古屋・大阪・福岡などまだわずかで、政令指定都市の中でもないところが多い。早急に事業化する必要がある。
 昨年刊行した鹿児島市地盤図の場合、ボーリングデータの収集をはじめてから完成まで7年の歳月を要した。オリジナルデータをコンピュータに入力するのは、根気はいるがさして難事ではない。問題はデータの質と解釈である。鹿児島の地質を熟知した人間が何人かでかかりっきりになってやっと断面図を作成した。このように、地盤図の作成は時間のかかる大変な作業を要する。しかし、地震予知に使った費用の何分の1かで、防災にとってははるかに大きな成果が得られる。寺田寅彦は地震と震災を峻別し、後者は注意次第でどんなにでも軽減され得る可能性があると喝破したが、一見華々しい地震予知だけでなく、地盤図作成のような地道な基礎作業も重要な防災対策として位置づけられるべきであろう。
 また、途上国の首都は大部分沿岸海域に立地し、人口が極度に集中しているため、ここが壊滅的打撃を受けると国自体の存続さえ危ぶまれる。こうした途上国大都市の地盤図を日本が援助して作成するのも国際防災の10年の大きなテーマであり、国際貢献の道ではないだろうか。
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更新日:1997年8月19日