情報地質学と地すべり学

 岩松 暉(『地すべり技術』, Vol.28, No.3, 2002, 巻頭言)


 世はIT不況だという。大手電機メーカーが半導体事業から撤退したとか,工業高校の情報工学科は不人気で競争率が激減したとか,いろいろ報道されている。情報社会到来は一時の夢まぼろしだったのだろうか。日本情報地質学会が設立されたのは1990年である。前身の情報地質研究会時代から数えるとかれこれ四半世紀になる。当時国際的にはInternational Association of Mathematical Geology (IAMG)が1968年に設立され,"Mathematical Geology"や"Computers & Geosciences"といった雑誌を発行していた。1982年にはComputer Oriented Geological Society (COGS)も設立されている。名称からもわかるように,数学ないしコンピュータを地質学に活用しようというものであった。高速計算機としての大型コンピュータである。しかし日本では研究会時代から数理地質ではなく情報地質と銘打っていた。コンピュータが単なる計算機ではなく,もっと大きな役割を果たすだろうと考えた創立者弘原海清の卓見である。情報地質の英訳には情報科学informaticsにgeoを付けてgeoinformaticsなる和製英語を造語した。ギリシア語とラテン語をつなぐとはおかしいとネイティブから批判されたが,最初に言ったほうが勝ち,今では国際的に認知され,国際地質学会議(IGC)のセッション名になっているし,同名の学科さえ出来ている。コンピュータの中国語訳も電子計算機から電脳に変わった。やはり情報化は世界的流れであり,とどまることはないであろう。パラダイムという言葉をわが国に紹介した中山茂1)は,21世紀は情報パラダイムないしディジタルパラダイムの時代になるだろうと述べている。前世紀までの科学界を風靡した機械論近代科学に代わるポストモダン科学の登場である。中山によれば,ポストモダン科学の特徴は,問題が複雑であり,価値と時系列が入ってくることだという。近代科学の実験に代わって,虚験(コンピュータシミュレーション)がツールとなる。もっともわが情報地質学会は名称だけはポストモダンだが,内実がまだなかなかそこまで到達していないのが実情である。
 さて,それでは情報と地すべり学の関係はどうであろうか。まず素人なりに地すべり学の進歩についてまとめてみたい。戦前の中村慶三郎(1934)『山崩』2)のような先駆的業績もあるが,地すべり学が学問として認知されるようになったのは地すべり学会創立(1964)の頃であろう。当初は地すべり地の形態やその基盤地質を論じたりする地形地質的研究が中心だった。やがてそうした研究を踏まえて,地すべりは第四紀の現象(造地形運動)として捉えられ,活地すべりは化石地すべりの再活動が大部分と見なされるようになった。その結果,空中写真判読により地すべり地を抽出すれば,地すべり危険箇所を絞り込むことは比較的容易になった。同じ土砂災害でも,崩壊のように危険斜面を特定する"災害の空間的予知"が未だに困難な分野に比べれば,先進的成果を上げたと言ってよい。またいつ頃崩れるかを予測する"災害の時間的予知"についても,崩壊や土石流に比して,実用的な予知の一番乗りに成功している。明瞭なすべり面を伴うという有利な条件があったにせよ,地質計測技術が進歩したためであろう。さらには安定性評価や物理探査などの面でも急速な進歩を遂げた。トモグラフィーやリモートセンシングなどの研究も見られる。
 こう書いてくると,地すべり学はもう完成の域に達してしまったかのように思われるかも知れない。しかし先の観点からすれば,まだ機械論近代科学の段階,情報地質ではなく数理地質の段階なのではないだろうか。地すべり学にはまだまだ残された課題があるように思う。従来地すべりは中山間地の農村で発生し,農林業に多大の損害を与えていた。だからこそ農水省や林野庁が力を入れていたのである。しかし今やそこは過疎地,被害対象が少なくなった。費用対効果を考えれば,資源配分の必要性が低くなったといえよう。もちろん従来営々と続けてきた対策工が功を奏して,地すべりが絶対的に少なくなってきた側面もある。反面,都市化の進行により近郊丘陵地が開発され,宅地造成に伴う新たな地すべりが多発するようになった。道路にしても,太平洋ベルト地帯など沿岸部に盛土で縦貫道を造っていた時代から,脊梁を横切る横断道建設の時代になった。切り土に伴う新たな岩盤すべりの発生がしばしば問題になっている。自然斜面の地すべりに比して人工斜面の地すべりが多くなったのである。既存の地すべり地を判読するだけでは済まなくなったと言えよう。確かに泥岩地帯は要注意ではあるが,泥岩地帯で土工をやったからといって必ずすべるわけではない。初生岩盤すべりを未然に予知する新たなハザードマッピング手法の開発が望まれる。切ってから動き出したとして対策を講じる後手後手の従来方式は費用の無駄遣いであり,財政赤字の折からもう許されない。宅造や道路建設のプランニングの段階から予知予測が必要となる。また個々の斜面だけでなく首都圏移転の適地評価など,より広域的な判断にとっても基礎資料として必要である。人的物的被害対象や工事費・対策費などの評価も含む総合的なリスクアセスメントが求められているのである(図1)3)。当然確率論的なアプローチが不可欠である。まさに情報科学的手法の出番である。ただしGISで単に地形情報や既存の地質情報を重ね合わせたり,相関を取ったりするだけでは何も生まれてこないであろう。もう一度初心に返って地質を見直すことが重要と思う。私見では,化石地すべりの再活動が「親の因果が子に報い」なら,切ると動く泥岩は「隔世遺伝」,つまり海底地すべりのような初生堆積構造が効いているのではないだろうか。堆積学的・岩石力学的基礎研究も同時並行して行う必要があると思われる。
 対策工に関しても発想の転換が求められている。小出博(1973)4)は地すべりを異常体質に起因する慢性病にたとえた。アレルギー体質(素因)の人がハウスダストや花粉などの物質(誘因)を吸うと喘息発作を起こすようなものである。従来の医学は喘息を発作性の疾患と捉えていたため,発作時の処置や誘因の除去が中心で,すぐ吸入・点滴などの対症療法を行った。昔は喘息では死なないと言われていたが,今では吸入剤で心停止を起こす事故が跡を絶たない。一方最近の医学は,喘息を気道過敏性の亢進と捉えるようになった。日常普段から存在している気管支の炎症が過敏性亢進を引き起こしたとき発作になるのである。したがって,恒常的に気管支の炎症を抑える厳重な喘息管理を行って,発作をなるべく軽く短く抑え繰り返さないようにするのだという。病気と仲良くつき合い快適な日常生活を送ろうとの発想である。地すべりでも前者のような発作止めの対症療法が多かったのではないだろうか。コンクリートを貼り,水抜きをして荒地にするやり方は,どこか「手術(臓器の修理)は成功したが,患者は死んだ」という切ったはったの西洋医学に似ているように思うがいかがだろうか(失礼!)。一方,後者の発想なら、少々動いても棚田を守り農業を営み続けるほうを選ぶであろう。国土交通省も"斜面との共生21"プランを打ち出している。もちろん,災害にしてはいけないから,厳重な喘息管理と患者に応じた対処法,つまり長期にわたる観測と地域の個性に応じたソフト対策が不可欠である。2000年に成立した土砂災害防止法もソフト重視を打ち出した。ここでも情報科学的手法が大きな役割を果たすに違いない。
 以上,やや我田引水的に地すべり学について私見を述べた。素人の横目で見た戯言としてご容赦いただきたい。地すべり研究者・技術者の皆さんも情報地質学に関心を寄せていただければ幸いである。(文中敬称略)

文献

  1. 中山 茂(2000): 20・21世紀科学史, NTT出版, 286pp.
  2. 中村慶三郎(1934): 山崩, 岩波書店, pp.
  3. Aleotti, P & Chowdhury, R. (1999): Landslide hazard assessment: summary review and new perspectives. Bull.. Eng. Geol. Env., 58(1), 21-44.
  4. 小出 博(1973): 日本の国土―自然と開発―, 東京大学出版会, 287pp., 556pp.

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更新日:2002年2月13日